北海道江別市で起きた大学生集団暴行死事件をめぐり、八木原亜麻被告の人物像や事件での役割に注目が集まっています。
八木原被告はどのような環境で育ち、長谷知哉さんとはどこで知り合ったのでしょうか。
生い立ちや家族構成、経歴や学歴、事件に至るまでの経緯をまとめます。
八木原亜麻の生い立ちや家族構成は?
八木原亜麻被告は北海道釧路市で中学時代を過ごし、大学進学後は江別市で生活していたとみられますが、両親や兄弟など詳しい家族構成は公表されていません。
八木原被告は事件当時20歳で、江別市に住む大学生として報じられていました。
2026年7月時点では21歳になっています。
幼少期をどこで過ごしたのか、両親がどのような仕事をしているのか、兄弟がいるのかといった情報は確認されていません。
家族が事件に関与したとの情報も出ておらず、八木原被告本人の行動を中心に裁判が進められています。
釧路市で長谷知哉さんと同じ中学校に通っていた
八木原被告は、長谷知哉さんと同じ釧路市内の中学校に通っていました。
長谷さんの1学年下で、中学時代は同じ合唱部に所属していたとされています。
長谷さんの母親も、八木原被告について「同じ中学の1学年下」「合唱部だったようだ」と説明していました。だし、当時から2人が親しい関係だったのかについては分かっていません。
中学校卒業後は別々の道に進み、大学生になってから再び接点を持ったとみられます。
八木原亜麻の経歴やプロフィール
八木原亜麻被告について公表されているプロフィールは、次の通りです。
- 名前:八木原亜麻
- 読み方:やぎはら・あま
- 年齢:21歳
- 事件当時の年齢:20歳
- 居住地:北海道江別市
- 職業:大学生
- 出身:北海道釧路市とみられる
- 中学時代の部活動:合唱部
- 起訴された罪:強盗致死罪など
事件が起きた2024年10月当時、八木原被告は大学へ通いながらアルバイトもしていたとされています。
川村葉音被告とは地元が同じで、事件当時は同じアルバイト先で働いていたと報じられました。
川村被告とは日頃から交際関係の悩みを相談できるほど近い友人関係だったようです。
八木原亜麻の学歴は?
八木原亜麻被告が釧路市内の中学校を卒業し、その後大学へ進学したことは分かっていますが、学校名は公式には明らかにされていません。
出身中学校は公表されていない
八木原被告と長谷さんは、釧路市内にある同じ中学校へ通っていました。
長谷さんが1学年上で、2人とも合唱部に所属していたとされています。
長谷さんについては釧路市内の市立小学校と中学校へ進んだことが母親の供述から明らかになっていますが、具体的な中学校名は公表されていません。
そのため、八木原被告の出身中学校についても特定できる確かな情報はありません。
通っていた大学名は公表されていない
八木原被告は逮捕当時、江別市に住む大学生と発表されていました。部では大学名を推測する情報も広がりましたが、警察や大学が正式に在籍を認めた情報は確認できません。
江別市やその周辺には複数の大学があるため、居住地だけで在籍していた大学を判断することはできないでしょう。
専攻していた分野や大学での活動、卒業後の進路についても明らかになっていません。
八木原亜麻と長谷知哉さんの関係は?
八木原亜麻被告と長谷知哉さんは中学校時代の先輩と後輩で、大学生になってから再会し、2024年9月23日ごろに交際を始めました。
交際期間は、事件が起きるまで約1か月でした。
長谷さんにとって八木原被告は初めての交際相手だったとされています。
長谷さんは家族に彼女ができたことをうれしそうに報告しており、家族も初めての交際を喜んでいました。
しかし、交際を始めて間もなく、2人の間では将来についての考え方をめぐる食い違いが生まれます。
八木原亜麻が犯行に至った経緯とは
事件の発端は、長谷知哉さんが大学卒業後の進路を理由に、将来的には別れたいとの考えを八木原亜麻被告へ伝えたことでした。
長谷知哉さんから1年後の別れを告げられる
裁判で示された検察側の説明によると、長谷さんは大学卒業後に東京へ行く予定がありました。
遠距離交際を続けるのは難しいと考え、八木原被告に対して、約1年後には別れたいとの考えを伝えたとされています。
長谷さんとしては、すぐに交際を終わらせるのではなく、将来のことを正直に説明したつもりだった可能性があります。
しかし、八木原被告は「交際に期限を設けられた」と受け止め、腹を立てたとされています。川村葉音被告に交際関係を相談
事件前日の2024年10月24日、八木原被告は友人の川村葉音被告に長谷さんとの交際について相談しました。
川村被告は話を聞いたうえで、「すぐに別れた方がいい」と助言したとされています。
同じ日、交際開始から1か月を迎えた長谷さんは、八木原被告へ感謝を伝えるメッセージを送りました。
ところが、八木原被告は将来別れる考えを示されていたこともあり、このメッセージにも腹を立てたと検察側は説明しています。
長谷さんは事件前日、SNSに「もう終わった」と投稿していました。
2人の間で別れ話や謝罪をめぐるやり取りが続き、長谷さんも精神的に追い詰められていた様子がうかがえます。
事件当日に長谷知哉さんを呼び出す
2024年10月25日、長谷さんは八木原被告に預かっていた荷物を返し、直接謝罪するために会うことになりました。
長谷さんは事件当日の予定に、誠意を持って話すことや、相手を怒らせないよう慎重に行動することを書き残していました。
さらに、SNSには「生きて帰ってきます」と投稿しており、会いに行くことに強い不安を感じていたとみられます。
長谷さんは八木原被告のアルバイト先を訪れましたが、その場には川村被告や、後に事件へ関与する複数の人物が集まっていました。
その後、長谷さんたちはコンビニで待ち合わせ、人目の少ない公園へ移動したとされています。
話し合いから集団暴行へ発展
公園では、長谷さんに謝罪を求めるやり取りが始まり、次第に殴る蹴るなどの暴行へ発展しました。
当初の交際トラブルをめぐる話し合いは、複数人が加わったことで急速にエスカレートしたとみられます。
長谷さんは約2時間にわたり暴行を受け、キャッシュカードやクレジットカード、現金、衣服などを奪われました。
腎臓の損傷などによって大量に出血し、死因は外傷性ショックとされています。八木原亜麻の事件での役割は?
八木原亜麻被告は交際トラブルの当事者であり、ほかの被告らの裁判では、暴行を続けるよう求めたとする証言が出ています。
「もっとやって」と発言したとされる
主犯格とされる川口侑斗被告は、自身の裁判で、八木原被告から「もっとやって」と言われたと証言しました。
さらに、「許す気ねえ、もっとやって」と暴行を続けるよう求められたとも述べています。村葉音被告の裁判でも、八木原被告が長谷さんを許しておらず、暴行を続けるよう求めていたとの証言が示されました。
ただし、これらは共犯者が法廷で述べた内容であり、八木原被告本人の裁判でどのように認定されるかは決まっていません。
暴行を止められる立場だった可能性
川村被告は法廷で、八木原被告が「やめていい」と言えば、川口被告は暴行をやめていたと思うとの趣旨の証言をしています。
事件の発端が八木原被告と長谷さんの交際トラブルだったことから、被告らは八木原被告の反応を見ながら暴行を続けていた可能性があります。
一方で、誰が暴行を主導し、それぞれがどの程度関与したのかについては、被告ごとに裁判で判断されます。
八木原被告が直接加えた暴行や、金品を奪う行為への関与についても、今後の裁判で詳しく審理されることになります。
八木原亜麻の裁判や判決は?
八木原亜麻被告は、ほかの5人と共謀して長谷知哉さんに暴行を加えて死亡させ、金品を奪ったとして、強盗致死罪などで起訴されています。
2026年7月23日時点では、八木原被告本人に対する判決は出ていません。
ほかの被告らの裁判では八木原被告の発言や事件当日の行動について複数の証言が出ていますが、八木原被告側の主張や認否を含め、本人の裁判で改めて審理されます。
事件当時の映像や音声、被告らのメッセージのやり取りも証拠として残っているため、今後の公判では事件における役割がさらに詳しく明らかになるとみられます。
江別市集団暴行死事件の関係者の刑期
八木原亜麻被告以外の関係者については、すでに一部で判決が言い渡されています。
- 川村葉音被告:懲役30年の一審判決、検察側と被告側の双方が控訴
- 滝沢海裕受刑者:懲役20年が確定
- 事件当時16歳の少年:懲役9年以上13年以下が確定
- 川口侑斗被告:2026年8月7日に判決予定
- 事件当時17歳の少年:2026年8月7日に判決予定
- 八木原亜麻被告:判決は出ていない
川村被告には有期刑の上限となる懲役30年が言い渡されましたが、判決はまだ確定していません。
八木原被告にどの程度の刑が求刑されるのかについても、今後の裁判の大きな焦点になりそうです。
まとめ
今回は、八木原亜麻被告の生い立ちや家族構成、経歴や学歴、事件に至った経緯についてまとめました。
- 八木原被告は事件当時20歳の大学生だった
- 釧路市内の中学校で長谷知哉さんの1学年下だった
- 中学時代は長谷さんと同じ合唱部に所属していた
- 大学名や両親、兄弟などの詳しい情報は公表されていない
- 長谷さんとは2024年9月23日ごろから交際していた
- 約1年後に別れたいと伝えられたことで腹を立てたとされる
- 事件前日に川村葉音被告へ交際関係を相談していた
- 共犯者の裁判では「もっとやって」と発言したとの証言が出ている
- 八木原被告本人に対する判決はまだ出ていない
わずか1か月ほどの交際をめぐるトラブルが、複数人による取り返しのつかない事件へと発展しました。
長谷さんが「生きて帰ってきます」と不安を抱えながらも話し合いに向かったことを考えると、暴行を止める機会がなかったのかという疑問は残ります。
今後の裁判では、八木原被告が事件の中でどのような役割を果たし、なぜ暴行を止められなかったのかが厳しく問われることになるでしょう。


コメント