江別市の大学生集団暴行死事件をめぐる裁判で、被害者の長谷知哉さんが事件当日に「生きて帰ってきます」とSNSへ投稿していたことが明らかになりました。
長谷さんは、なぜ身の危険を感じるような言葉を残しながら、八木原亜麻被告に会いに行ったのでしょうか。
事件当日の行動や2人の関係、ほかの関係者に言い渡された刑期についてまとめます。
長谷知哉さんはなぜ「生きて帰ってきます」と投稿?
長谷知哉さんは、八木原亜麻被告との交際トラブルをめぐる話し合いに、強い不安や恐怖を感じていたため「生きて帰ってきます」と投稿したとみられます。
ただし、長谷さんが複数人による暴行を事前に知らされていたとの情報はありません。
2026年7月23日に開かれた裁判では、長谷さんのタブレット端末に残されていた予定やメモ、SNSへの投稿内容が証拠として示されました。
長谷さんは事件直前、Xに次のような言葉を残していました。
- 10月22日「なんで精神ボロボロにされないといけないんだ」
- 10月24日「もう終わった」
- 10月25日「生きて帰ってきます」
事件の3日前には、すでに精神的に追い詰められていることがうかがえる投稿をしていました。
さらに、事件前日には何らかの関係が終わったことを示す言葉を残し、事件当日には無事に帰れるかどうかを心配するような投稿をしています。
本人から投稿の真意を聞くことはできないため、詳しい理由を断定することはできません。
それでも、一連の投稿からは、八木原被告と会うことに対して長谷さんが相当な緊張や警戒心を抱いていた様子が伝わってきます。
長谷知哉さんの事件当日の行動は?
長谷知哉さんは、八木原亜麻被告と落ち着いて話し合い、預かっていた荷物を返すために会いに行ったとみられます。
長谷さんが事件当日の予定に残していた内容には、次のようなものがありました。
- 八木原被告の家へ行く
- 誠意を持って話す
- 相手を怒らせるような行動をしない
- 言ってよいことと悪いことを区別する
- 最初にコンビニで待ち合わせる
この予定を見ると、長谷さんは感情的に言い争うのではなく、慎重に言葉を選びながら話し合おうとしていたことがうかがえます。
八木原亜麻被告のアルバイト先を訪れた
公判で示された内容によると、2024年10月25日の正午すぎ、八木原被告と川村葉音被告は一緒に昼食を取っていました。
その際、長谷さんと八木原被告が電話で話し、長谷さんが預かっていた荷物を返しに行くことになったとされています。
長谷さんは八木原被告のアルバイト先を訪れ、謝罪の言葉を伝えました。
しかし、その場には川村被告のほか、後に事件へ関与したとされる少年や男らが集まっていました。
コンビニから人目の少ない公園へ移動
当初はコンビニで待ち合わせる予定でしたが、防犯カメラがあることなどから、人目につきにくい公園で会うことが提案されたとされています。
最初に向かった公園には人がいたため、長谷さんと被告らは別の公園へ移動しました。
その後、長谷さんは複数人から長時間にわたって暴行を受け、現金やキャッシュカードなどを奪われたとされています。
長谷さんは現場に残され、2024年10月26日朝に発見されました。
死因は、全身への暴行による外傷性ショックでした。
長谷知哉さんと八木原亜麻被告の関係は?
長谷知哉さんと八木原亜麻被告は同じ中学校の先輩と後輩で、事件のおよそ1か月前から交際していました。
八木原被告は長谷さんの1学年下で、同じ合唱部に所属していたとされています。
長谷さんの母親の供述によると、長谷さんにとって八木原被告は初めての交際相手でした。
2人が交際を始めたのは、2024年9月23日ごろです。
長谷さんは家族に彼女ができたことをうれしそうに報告しており、家族も初めての交際を喜んでいました。
将来の別れを伝えたことでトラブルに
検察側の冒頭陳述によると、長谷さんは大学卒業後に東京へ行く予定があり、遠距離交際を続けるのは難しいとして、約1年後には別れたいとの考えを八木原被告に伝えたとされています。
長谷さんとしては、将来について正直に説明したつもりだった可能性があります。
しかし、八木原被告はその言葉に腹を立て、友人の川村葉音被告へ相談しました。
さらに、交際開始から1か月となった日に長谷さんが感謝を伝えるメッセージを送ったことで、八木原被告の怒りが強まったと検察側は主張しています。
長谷さんのSNSにあった「もう終わった」という投稿も、この交際トラブルと関係している可能性があります。
八木原亜麻被告の裁判と判決は?
八木原亜麻被告は、ほかの5人とともに強盗致死や詐欺、窃盗などの罪で起訴されています。
公判では、八木原被告が暴行を続けるよう求めていたとの共犯者の供述も示されています。
ただし、八木原被告自身に対する判決は、現時点ではまだ言い渡されていません。
今後の裁判では、事件を引き起こすまでの経緯や、暴行への関与の程度が詳しく審理されることになりそうです。
江別市集団暴行死事件の関係者の刑期は?
事件では、八木原亜麻被告を含む男女6人が強盗致死などの罪で起訴されています。
2026年7月23日時点で判決が出ている、または裁判が進んでいる関係者の状況は次の通りです。
川村葉音被告は懲役30年
川村葉音被告には、札幌地裁で懲役30年の判決が言い渡されました。
検察側は無期懲役を求刑していましたが、裁判所は、犯行のきっかけを作り、共犯者の暴行をエスカレートさせる行動を取ったと指摘したうえで、有期刑の上限となる懲役30年を選択しました。
その後、検察側と川村被告側の双方が控訴しています。
そのため、懲役30年の判決はまだ確定していません。
滝沢海裕受刑者は懲役20年が確定
事件当時18歳だった滝沢海裕受刑者には、求刑通り懲役20年の判決が言い渡されました。
裁判所は、飛び蹴りをするなどして犯行を助長したと判断しています。
検察側と弁護側の双方が期限までに控訴しなかったため、懲役20年の刑が確定しました。
事件当時16歳の少年は9年以上13年以下
事件当時16歳だった少年には、懲役9年以上13年以下の不定期刑が言い渡されました。
検察側は懲役10年以上15年以下を求刑していましたが、裁判所は、長谷さんの死亡への関与はほかの被告より限定的だったと判断しました。
少年についても双方が控訴せず、刑が確定しています。
川口侑斗被告ら2人の判決は8月7日
暴行の主犯格とされる川口侑斗被告と、事件当時17歳だった少年の裁判も進められています。
2人はいずれも起訴内容を認めており、裁判では刑の重さが争点となっています。
川口被告は、暴行を主導したとされる立場や、長時間にわたり犯行を止めなかった責任が問われています。
2人への判決は、2026年8月7日に言い渡される予定です。
まとめ
今回は、長谷知哉さんが「生きて帰ってきます」と投稿した理由や事件当日の行動、八木原亜麻被告との関係をまとめました。
- 長谷さんは事件当日、Xに「生きて帰ってきます」と投稿していた
- 事件の3日前から交際トラブルによる苦悩をうかがわせる投稿をしていた
- 長谷さんは八木原被告と話し合い、荷物を返すために会いに行ったとみられる
- 2人は同じ中学校の先輩と後輩で、交際期間は約1か月だった
- 川村葉音被告は懲役30年の一審判決を受けたが双方が控訴している
- 滝沢海裕受刑者は懲役20年、事件当時16歳の少年は9年以上13年以下の刑が確定した
- 川口侑斗被告と事件当時17歳の少年の判決は2026年8月7日に予定されている
長谷さんの残した予定や投稿からは、危険を感じながらも、相手と誠意を持って話し合おうとしていた姿が浮かびます。
初めての交際相手を信じて会いに行った先で、なぜここまで残酷な事件に巻き込まれなければならなかったのか。
今後の裁判でも、事件の経緯と一人ひとりの責任が明らかにされることが求められます。


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