永島龍は何者?24時間テレビ出演や妻・子供など家族構成と経歴・闘病生活・死因も

小腸がんステージ4で闘病生活を発信していた永島龍さんが亡くなったことが明らかになりました。

2025年には「24時間テレビ」に出演し、俳優の志尊淳さんが永島さんと家族を取材したことでも知られています。

この記事では、永島龍さんは何者なのか、24時間テレビ出演や妻・子供など家族構成、経歴、小腸がんとの闘病生活、死因についてまとめます。

目次

永島龍は何者?

訃報をきっかけに、永島龍さんの名前を初めて知った人も多いのではないでしょうか。

永島さんは芸能人や俳優ではなく、もともと理学療法士として働いていた男性です。

2025年に26歳で小腸がんステージ4と診断され、その後は「ながっしー」の名前でSNSやYouTubeを通じて自身の闘病生活を発信していました。

プロフィールをまとめると、以下のようになります。

名前永島龍
生年月日1998年7月11日
年齢28歳
職業理学療法士、福祉施設の手伝い
活動名ながっしー
病気小腸がんステージ4
家族妻、長男
主な出演24時間テレビ48、生きるを伝える

2026年9月15日には、永島さんの家族がInstagramを通じて、9月10日午前7時47分に永島さんが亡くなったことを公表しました。

28歳という若さでした。

永島龍の24時間テレビ出演とは?

永島龍さんが広く知られるきっかけの一つとなったのが、2025年8月31日に放送された「24時間テレビ48」です。

番組では「『余命7カ月』宣告された新米パパ 27歳の今 家族3人で未来へつなぐ笑顔」という企画で永島さん一家が紹介されました。

取材を担当したのが、チャリティーパートナーを務めていた俳優の志尊淳さんです。

志尊さん自身も2021年に急性心筋炎を患い、命に関わる経験をしていました。

番組では永島さんが病気と向き合う姿だけでなく、妻の香帆さんや生まれたばかりの長男・凪くんと過ごす時間にも密着しています。

永島さんは将来の妻と息子に向けたメッセージも撮影し、志尊さんは家族3人の写真撮影を手伝いました。

家族との時間を残したいという永島さんの思いが大きく取り上げられた企画でした。

志尊淳が永島龍を追悼

永島さんの訃報を受け、2026年9月15日に志尊淳さんも自身のInstagramを更新しました。

「24時間テレビ」で永島さんと交流した志尊さんは、永島さんの頑張る姿や言葉、笑顔に何度も背中を押されたと振り返っています。

さらに、戦い続けた永島さんが残したものを忘れないという思いをつづり、その死を悼みました。

番組での取材を超えて、永島さんの生き方が志尊さん自身にも大きな影響を与えていたことが伝わってきます。

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永島龍の妻・子供など家族構成は?

永島龍さんの闘病生活を語るうえで、大きな存在となっていたのが家族です。

公表されている家族は、妻の香帆さんと長男の凪くんです。

永島さん、香帆さん、凪くんの3人家族として「24時間テレビ」にも出演しています。

妻は香帆さん

永島龍さんの妻は香帆さんです。

「24時間テレビ」で紹介された内容によると、2人は2023年7月ごろに結婚しました。

その後、2024年9月ごろに香帆さんの妊娠が判明しています。

しかし、子供の誕生を待っていた時期に永島さんの体調に異変が起きました。

嘔吐を繰り返したことで緊急入院し、小腸がんステージ4と診断されたのです。

妻の出産を約2か月後に控えた時期で、永島さんは医師から余命についても説明を受けました。

子供は長男の凪くん

永島龍さんと香帆さんの間には、長男の凪くんがいます。

凪くんは2025年4月25日に誕生しました。

永島さんにとって、がんと診断されてから約2か月後に誕生した待望の子供でした。

「24時間テレビ」では、永島さんが「息子が成人になるまでは」と生きることへの強い思いを語る場面も紹介されています。

SNSにも家族との時間がたびたび登場し、妻と子供の存在が闘病を続ける大きな支えとなっていたことがわかります。

一方、永島さんの父親や母親、兄弟姉妹について詳しい情報は公表されていません。

永島龍の経歴は?

永島龍さんは病気が公表される以前、医療の現場で働いていました。

理学・作業名古屋専門学校の資料には、理学療法士国家試験の合格者として「永島龍」の名前が掲載されています。

就職先として記載されているのは、三重県四日市市にある医療法人尚豊会みたき総合病院です。

理学療法士として、患者のリハビリテーションに携わっていたとみられます。

また、理学療法に関する学術資料にも、みたき総合病院リハビリテーション科所属として永島さんの名前が確認できます。

2026年1月31日に放送されたテレビ東京「生きるを伝える」でも、永島さんについて「理学療法士として忙しい日々を送っていた」と紹介されています。

同番組では放送時の肩書きが「福祉施設手伝い」となっており、闘病生活を送りながらできる範囲で活動を続けていたことがうかがえます。

SNSで「ながっしー」として闘病生活を発信

小腸がんが判明してからは、「ながっしー」の名前でYouTubeやInstagram、Xなどを通じて闘病生活を発信するようになります。

入院生活や手術、抗がん剤治療、食事、家族との時間などを発信し、小腸がん患者のリアルな生活を伝えていました。

2026年1月にテレビ東京「生きるを伝える」に出演した際には、友人からの勧めをきっかけにSNSでの発信を始めたことも紹介されています。

病気になった自分だからこそ伝えられることを、毎日の投稿という形で残し続けていました。

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永島龍の闘病生活は?

永島龍さんの生活が大きく変わったのは、2025年2月でした。

嘔吐を繰り返したことから緊急入院し、検査を受けた結果、小腸がんステージ4と診断されました。

発見された時点ですでにがんが進行しており、腹膜播種も確認されていました。

永島さんは手術を受けましたが、がんは大動脈付近にも広がっており、すべてを取り除くことはできませんでした。

その後は抗がん剤による治療を続けながら生活していくことになります。

診断当初には、抗がん剤治療を行わなかった場合について約7か月という余命の説明も受けていました。

それでも永島さんはSNSで闘病の様子を発信し続けました。

2025年4月には長男・凪くんが誕生し、父親になったことがさらに生きる力につながっていきます。

2025年8月には「24時間テレビ」に出演し、2026年1月にはテレビ東京「生きるを伝える」にも登場しました。

病気そのものだけではなく、家族と過ごす時間や治療中の日常まで発信し続けたことが、永島さんの活動の大きな特徴となっています。

永島龍の死因は?

永島龍さんの死去については、2026年9月15日に家族から公表されました。

家族によると、永島さんは2026年9月10日午前7時47分に亡くなりました。

28歳でした。

永島さんが2025年2月から小腸がんステージ4で闘病を続けていたことは公表されています。

ただし、家族による訃報では直接的な死因について具体的な説明はされていません。

そのため、「死因は小腸がん」と断定できる発表は現時点では確認されていません。

家族は永島さんについて、病気と向き合いながら家族との時間を大切にし、多くの人に「生きること」や「家族の大切さ」を伝え続けてきたと振り返っています。

26歳で小腸がんステージ4と診断されてから約1年7か月。

永島さんは治療を続けながら父親となり、テレビ出演やSNSを通じて自身の闘病生活を発信し続けました。

まとめ

永島龍さんは、理学療法士として働いた後、26歳で小腸がんステージ4と診断され、「ながっしー」として闘病生活を発信していた人物です。

2025年には「24時間テレビ48」に妻の香帆さん、長男の凪くんと出演し、志尊淳さんの取材を受けました。

2026年9月10日に28歳で亡くなり、9月15日に家族が訃報を公表しています。

小腸がんと向き合いながらも、家族との時間や治療の現実を発信し続けた永島さんの姿は、多くの人に「生きること」について考えるきっかけを残しました。

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