GMOインターネットグループの創業者として、長年インターネット業界をけん引してきた熊谷正寿さん。
2026年10月に発覚した不正アクセス問題を受け、自ら記者会見に出席したことで改めて人物像にも注目が集まっています。
今回は、熊谷正寿社長は何者なのか、妻や娘などの家族構成、高校中退という異色の学歴、GMO創業までの経歴や現在について詳しく見ていきます。
GMO熊谷正寿社長は何者?
熊谷正寿さんは、現在のGMOインターネットグループを一代で築き上げた創業者です。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名前 | 熊谷正寿(くまがい まさとし) |
| 生年月日 | 1963年7月17日 |
| 年齢 | 63歳(2026年11月現在) |
| 出身地 | 長野県 |
| 職業 | 実業家・経営者 |
| 主な会社 | GMOインターネットグループ株式会社 |
| 現在の役職 | 代表取締役グループ代表、会長兼社長執行役員・CEO |
| その他の役職 | グループAI変革最高責任者(グループCAIO)など |
| 学歴 | 國學院高校中退、放送大学入学後に在学期間満了で除籍 |
1991年に株式会社ボイスメディアを設立し、その会社が現在のGMOインターネットグループへと発展しました。
現在はインターネットインフラ、セキュリティ、広告・メディア、金融、暗号資産など幅広い事業を展開する巨大グループを率いています。
2026年6月末時点では、上場会社12社を含む158社、約7900人が所属する企業グループとなっています。
「GMOインターネット」の社長とは少し違う
熊谷さんは一般的に「GMOの社長」と紹介されることが多い人物です。
ただし、現在は会社によって役職が異なります。
持株会社のGMOインターネットグループ株式会社では、代表取締役グループ代表、会長兼社長執行役員・CEOを務めています。
一方、事業会社のGMOインターネット株式会社では取締役会長です。
そのため「GMO熊谷社長」という表現は広く使われていますが、正式な役職を確認する際には会社名まで見る必要があります。
熊谷正寿社長の妻・娘など家族構成は?
熊谷正寿さんは20歳で結婚しており、少なくとも娘がいることを本人が過去のインタビューで明かしています。
| 家族 | 公表されている情報 |
|---|---|
| 妻 | 熊谷さんが20歳の頃に結婚 |
| 娘 | 熊谷さんが21歳の頃に誕生 |
| 父親 | 熊谷新さん・実業家 |
| 子供の人数 | 少なくとも娘がいることを確認 |
妻や娘は一般人とみられ、名前や現在の職業など詳しいプロフィールは公表されていません。
現在の家族の生活についても熊谷さんはほとんど明かしておらず、プライベートと仕事を分けていることがうかがえます。
妻とは20歳で結婚
熊谷正寿さんは20歳という若さで結婚しています。
当時は父親が経営する会社で働きながら勉強も続けていました。
熊谷さんは後に、当時の自分について会社員、学生、夫、父親という「1人4役」だったと振り返っています。
父親から後継者として優遇されたわけではなく、むしろ他の社員以上に働くことを求められ、給料も決して高くなかったそうです。
そのため、若い頃の結婚生活は経済的に余裕のあるものではありませんでした。
妻がアルバイトを考えるほど生活が苦しかった
熊谷さんが起業家を目指すうえで、大きな影響を与えたとされる妻とのエピソードがあります。
仕事から帰宅した熊谷さんが、妻がアルバイト情報誌を手に泣いている姿を目にしたことがあったそうです。
生活が苦しく、子供を保育所へ預けて自分も働こうと考えていたためでした。
熊谷さんは、自分を信じて結婚した妻に苦労をかけていることに大きな衝撃を受けたと振り返っています。
こうした20代前半の経験も、自分の将来像や夢を具体的に考えるきっかけになったようです。
21歳で娘が誕生
熊谷正寿さんは20歳で結婚した翌年、21歳で女児に恵まれています。
本人の過去のインタビューや公式サイトにも娘についての記述があります。
ただし、娘の名前や顔画像、現在の職業などは公表されていません。
息子がいるという情報もインターネット上では見られることがありますが、信頼できる公表情報では確認できません。
そのため、子供については「少なくとも娘がいる」とするのが適切です。
熊谷正寿社長の父親も実業家
熊谷正寿さんの経営者としての考え方に大きな影響を与えたのが、父親の熊谷新さんです。
熊谷新さんは、飲食店や映画館、パチンコ店、不動産など、さまざまな事業を手掛けていた実業家でした。
飯田橋にあった名画座「佳作座」を経営していたことも、熊谷さん自身が明かしています。
子供の頃から経営感覚を教えられていた
熊谷さんは幼い頃から、父親との会話の中で自然と経営について考える機会があったそうです。
レストランへ行った際には、店の席数や客単価、回転数などから売上を考えるような質問を父親から投げかけられていました。
単に店を利用するのではなく、「この店はどうやって利益を上げているのか」という経営者側の視点を幼少期から身につけていたことになります。
後に大企業グループを作る熊谷さんの経営感覚には、父親から受けた教育も影響しているとみられます。
18歳頃には父親の店を立て直す
高校中退後の熊谷さんは、マクドナルドなどさまざまな仕事を経験しました。
その後、18歳になる頃には父親の会社で働き始め、業績が低迷していたパチンコ店の運営を任されます。
熊谷さんは店内の清掃や接客、従業員教育、サービスの改善などに取り組みました。
両替を希望する客の席まで現金を届けるなど、当時としては珍しいサービスも導入したそうです。
その結果、店舗は地域で人気を集める店となり、熊谷さん自身もこれを社会人として最初の成功体験だったと振り返っています。
熊谷正寿社長の学歴は?高校中退はなぜ?
熊谷正寿さんの経歴で特に目を引くのが、高校へ首席で合格しながら中退していることです。
| 時期 | 学歴 |
|---|---|
| 中学卒業後 | 國學院大學付属國學院高等学校へ進学 |
| 高校入試 | 首席で合格 |
| 高校2年 | 夏に中退 |
| 1985年 | 放送大学へ第1期生として入学 |
| その後 | 在学期間満了で除籍 |
國學院高校に首席で合格していた
熊谷さんは中学3年生の頃、青山学院高等部や國學院高校への進学を希望していました。
しかし、当時の成績では難しいと教師から言われたことが悔しく、猛勉強したと本人が明かしています。
その結果、國學院大學付属國學院高等学校に首席で合格しました。
入学式では新入生総代としてスピーチを任されるほどの成績だったといいます。
高校中退という経歴だけを見ると勉強が苦手だったようにも感じますが、実際には全く違っていました。
高校2年生の夏に中退
首席合格という成功体験から、熊谷さんは「やればできる」と慢心してしまったと自身で振り返っています。
次第に勉強をしなくなり、高校2年生になる頃には約600人中500番台まで成績が下がりました。
そして高校2年生の夏に学校を中退しています。
本人も現在の公式プロフィールで、高校中退だったことを包み隠さず紹介しています。
放送大学の第1期生として入学
20歳を過ぎると、熊谷さんは改めて勉強する必要性を感じるようになりました。
1985年に開学した放送大学へ第1期生として入学しています。
本人によると学籍番号は「4番」で、特修生制度を利用して学び始めました。
しかし、仕事が忙しくなったことなどから、最終的には在学期間満了で除籍となっています。
そのため熊谷さん自身も、「高校中退且つ大学も中退」という表現で自身の学歴を紹介しています。
その後は読書などを通じて独学を続けてきました。
熊谷正寿社長の経歴は?GMO創業まで
熊谷正寿さんは10代から店舗運営を経験し、27歳で現在のGMOにつながる会社を設立しました。
| 年・年齢 | 主な経歴 |
|---|---|
| 1963年 | 長野県で誕生 |
| 高校時代 | 國學院高校に首席合格するも2年生で中退 |
| 18歳頃 | 父親の会社で店舗運営に携わる |
| 20歳 | 結婚 |
| 21歳 | 娘が誕生 |
| 1985年 | 放送大学へ第1期生として入学 |
| 1991年 | 株式会社ボイスメディアを設立 |
| 1990年代 | インターネット事業を本格化 |
| 1999年 | 株式上場を実現 |
| 2022年 | 現在につながる会長兼社長執行役員・CEO体制へ |
| 2026年 | グループCAIOを兼務 |
21歳頃から夢を手帳に書いていた
熊谷さんは20代前半、自分が将来どうなりたいのかを手帳に書き出すようになりました。
「何かの分野で圧倒的ナンバーワンの実業家になる」「35歳までに会社を上場させる」といった目標を掲げていたといいます。
この習慣は、後に熊谷さんの著書『一冊の手帳で夢は必ずかなう』などでも知られるようになりました。
若い頃の厳しい生活や家族への思いが、将来の目標を具体的に設定するきっかけの一つとなったようです。
27歳で会社を設立
熊谷さんは1991年5月、27歳で株式会社ボイスメディアを設立しました。
この会社が現在のGMOインターネットグループの前身です。
その後、インターネットの将来性に着目して事業を拡大しました。
1999年には株式上場を実現し、自身が若い頃に掲げていた「35歳で上場」という目標も達成しています。
現在ではインターネットインフラだけでなく、セキュリティ、金融、広告、メディア、暗号資産など幅広い分野に事業を広げています。
熊谷正寿社長の現在は?
2026年現在も熊谷正寿さんはGMOインターネットグループの経営トップを務めています。
代表取締役グループ代表、会長兼社長執行役員・CEOに加え、グループAI変革最高責任者であるグループCAIOも兼務しています。
一方、2026年10月にGMOグループのサービスで発覚した不正アクセス問題を受け、熊谷さん本人にも大きな注目が集まりました。
不正アクセス問題を受けて謝罪会見
問題となったのは、GMOインターネットが提供する「お名前.com デスクトップクラウド」への不正アクセスです。
顧客情報の流出や、利用者の資産に被害が発生する事態となりました。
さらに、2024年4月の時点でグループ内のセキュリティ会社からシステム上の課題を指摘されていたことも明らかになっています。
2026年11月2日、熊谷さんは不正アクセス発覚後初となる記者会見に出席しました。
会見では、システムにセキュリティ上の問題があったことを認め、事前の指摘をサービス運営に十分生かすことができなかったとして謝罪しています。
SNSでの笑顔写真についても謝罪
熊谷さんは不正アクセス問題への対応中、自身のSNSに笑顔で写った写真を投稿したことで批判を受けました。
熊谷さん側には、攻撃者からの脅迫に屈しない姿勢を示す意図があったとされています。
しかし、実際に被害を受けた利用者がいる中での投稿だったことから、「被害者への配慮が足りないのではないか」といった声が上がりました。
11月2日の会見でも、被害に遭った人への気持ちの配慮が欠けていたとして改めて謝罪しています。
月額報酬を30%減額へ
今回の問題を受け、GMO側は役員報酬の減額も発表しました。
熊谷さんについては、月額報酬を30%、3か月間減額することになっています。
一方で、熊谷さんがGMOインターネットグループの代表を辞任したという発表はありません。
2026年11月現在も経営トップとして対応にあたっています。
GMO側は今回の不正アクセスが起きるまでの経緯について今後も検証を続け、その結果を踏まえて経営責任のあり方を改めて検討するとしています。
まとめ
今回は、GMOインターネットグループの熊谷正寿社長は何者なのか、妻や娘などの家族構成、高校中退の学歴や経歴、現在についてまとめました。
- 熊谷正寿さんは1963年7月17日生まれの63歳で、GMOインターネットグループの創業者
- 現在は代表取締役グループ代表、会長兼社長執行役員・CEOなどを務めている
- 20歳で結婚し、21歳の頃に娘が誕生している
- 若い頃には妻がアルバイトを考えるほど経済的に苦しい時期を経験した
- 父親の熊谷新さんも飲食店や映画館、不動産などを手掛けた実業家だった
- 國學院高校には首席で合格したものの、高校2年生の夏に中退した
- 放送大学の第1期生として入学したが、在学期間満了で除籍となった
- 1991年に現在のGMOにつながる株式会社ボイスメディアを設立した
- 1999年に株式上場を実現し、現在では多数の企業を抱えるグループへ成長させた
- 2026年11月には不正アクセス問題について記者会見で謝罪した
- 今回の問題を受け、月額報酬を30%、3か月間減額することが発表された
高校中退からスタートし、若くして結婚や子育てを経験しながら巨大インターネット企業グループを築いた熊谷さん。
現在は不正アクセス問題への対応という大きな局面を迎えており、経営トップとして今後どのように再発防止や信頼回復を進めていくのかにも注目が集まっています。


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