宮崎友花は何者?経歴・学歴・家族・戦績と深夜0時8分開始のアジア大会騒動も

女子バドミントン界の次世代エースとして注目されている宮崎友花さん。

2026年の愛知・名古屋アジア大会では、女子シングルスの試合が深夜0時8分に始まる異例の事態となり、大会運営にも注目が集まりました。

宮崎友花さんはどのような選手なのか、経歴や学歴、家族構成、これまでの戦績とアジア大会で何があったのかをまとめます。

目次

宮崎友花は何者?

アジア大会で深夜まで試合をする姿を見て、初めて宮崎友花さんを知った人もいるかもしれません。

宮崎友花さんは、女子シングルスを中心に世界で活躍している日本代表のバドミントン選手です。

  • 名前:宮崎友花(みやざき ともか)
  • 生年月日:2006年8月17日
  • 年齢:20歳(2026年9月現在)
  • 出身地:大阪府大阪市
  • 身長:約164~165cm
  • 利き腕:右
  • 所属:ACT SAIKYO
  • 種目:女子シングルス

2026年9月時点では世界ランキング7位に入っており、自己最高は6位。

日本国内だけでなく、すでに世界のトップ選手と優勝を争う位置まで成長しています。

宮崎友花さんの持ち味は、身長を生かした多彩なショットとスピードのあるフットワークです。

2028年ロサンゼルスオリンピックでの金メダル獲得を大きな目標として掲げています。

宮崎友花の学歴や経歴は?

宮崎友花さんは大阪府で生まれ、小学生の頃からバドミントンに取り組んできました。

競技歴としては、瓜破西SSC、柳井中学校、柳井商工高校を経て、現在のACT SAIKYOへと進んでいます。

6歳頃からバドミントンを始める

宮崎友花さんがバドミントンを始めたのは6歳頃です。

幼い頃は卓球にも取り組んでいましたが、母親の勧めなどもありバドミントンを始めました。

小学生時代には全国大会で3位に入るなど、早い段階から全国レベルで結果を残しています。

中学進学で大阪から山口県へ

中学校は山口県の柳井中学校へ進学しました。

バドミントンに本格的に取り組むため、中学進学を機に親元を離れて大阪から山口県へ移っています。

中学3年時には全国中学校大会の女子シングルスで優勝。

高校はバドミントンの強豪として知られる山口県立柳井商工高校へ進学しました。

柳井商工高校で世界ジュニア女王に

宮崎友花さんの名前が一気に広まったのが、高校1年生だった2022年です。

世界ジュニア選手権の女子シングルスで優勝し、日本勢として4人目となる世界ジュニア女王になりました。

高校2年、3年時にはインターハイで団体・女子シングルスともに連覇。

高校生の段階ですでに日本代表として国際大会を転戦するようになり、世界のトップ選手とも対戦していました。

2025年3月に柳井商工高校を卒業し、同年4月からACT SAIKYOに正式加入しています。

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宮崎友花の家族構成は?

中学生から親元を離れて競技生活を送ってきた宮崎友花さんだけに、家族について気になる人も多いようです。

ただ、両親の名前や職業、兄弟姉妹の有無など、詳しい家族構成は公表されていません。

母親もバドミントン経験者

家族について判明している情報のひとつが、母親もバドミントンをしていたことです。

宮崎友花さん自身が、バドミントンを始めたきっかけについて母親の影響だったことを明かしています。

幼い頃は卓球をしており、運動神経の良さを見た母親からテニスを勧められたこともあったそうです。

しかし当時はまだ力がなかったことから、卓球とテニスの間を取るような形でバドミントンを勧められ、競技を始めました。

何気なく始めたバドミントンが、その後世界ジュニアを制し、日本代表になるまでにつながったことになります。

父親や兄弟については?

父親については名前や年齢、職業などの詳しい情報は確認されていません。

兄弟姉妹についても公表された情報がなく、一人っ子なのか兄弟がいるのかは分かっていません。

宮崎友花さんは中学生の頃から大阪の実家を離れて山口県で生活しているため、競技生活を続けるうえで家族からの支えもあったと考えられます。

ただし、家族は一般人とみられるため、公開されていない職業や年齢などを推測だけで断定するのは避けた方がよさそうです。

宮崎友花の戦績は?

宮崎友花さんはまだ20歳ですが、ジュニア時代からすでに数多くのタイトルを獲得しています。

主な戦績は次の通りです。

  • 2022年:世界ジュニア選手権 女子シングルス優勝
  • 2023年:高校選抜 女子シングルス優勝
  • 2023年:インターハイ 団体・女子シングルス優勝
  • 2024年:インターハイ 団体・女子シングルス優勝
  • 2024年:中国オープン 女子シングルス準優勝
  • 2024年:全日本総合選手権 女子シングルス優勝
  • 2025年:台北オープン 女子シングルス優勝
  • 2025年:全日本総合選手権 女子シングルス準優勝
  • 2026年:中国マスターズ 女子シングルス準優勝
  • 2026年:愛知・名古屋アジア大会 女子団体銀メダル

特に大きかったのが2024年の全日本総合選手権です。

高校3年生で女子シングルスを制し、高校生女王は山口茜さん以来10年ぶりとなりました。

さらに2026年9月の中国マスターズでは、準決勝で中国の強豪・王祉怡選手を21-19、23-21で破って決勝へ進出。

決勝では韓国のアン・セヨン選手に敗れたものの、Super750の大会で準優勝するなど世界トップクラスと互角に戦えることを示しています。

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アジア大会で深夜0時8分開始の騒動とは?

2026年9月26日に行われた愛知・名古屋アジア大会の女子シングルスでは、通常では考えにくい時間帯まで試合がずれ込みました。

この日、宮崎友花さんは女子シングルス2回戦と3回戦を同じ日に戦う日程となっていました。

2回戦ではモンゴルのサランガ・ヘルレンバータル選手と対戦し、21-5、21-5のストレートで勝利。

3回戦ではリオデジャネイロ五輪銀メダリストで、世界選手権優勝経験もあるインドのシンドゥ・プサルラ選手との対戦が組まれていました。

前の試合が長引き開始時間が大幅に遅れる

問題となったのは3回戦の開始時間でした。

宮崎友花さんの試合が組まれていたコートでは、それまでの試合が次々と長引き、予定が大幅に後ろへずれていきます。

26日は複数のコートで競技が行われていましたが、宮崎さんの試合を空いた別コートへ移す対応は行われなかったとされています。

その結果、宮崎友花さんとシンドゥ選手の試合が始まったのは、日付が変わった9月27日の午前0時8分でした。

試合終了は午前0時49分。

宮崎友花さんは9-21、13-21の0-2で敗れ、女子シングルス3回戦敗退となりました。

シャトルバスは試合開始前に終了

観客にとっても厳しい状況となっていました。

会場から最寄り駅へ向かうシャトルバスは午後10時40分で終了すると案内されており、宮崎友花さんの試合開始より1時間以上前に交通手段のひとつが終了していました。

そのため注目カードだったにもかかわらず、試合開始時のスタンドはほぼ無観客に近い状態となりました。

SNSでは「選手がかわいそう」「この時間まで試合をするのはおかしい」「選手のコンディションが心配」といった大会運営への疑問の声も相次ぎました。

海外メディアからも日程の組み方に疑問を呈する声が上がっています。

今回の騒動は宮崎友花さん自身に何か問題があったわけではなく、試合進行の遅れや大会の日程・コート運用によって深夜0時を過ぎてから試合をすることになったものです。

まとめ

宮崎友花さんは2006年生まれ、大阪府出身の女子バドミントン日本代表選手です。

母親の影響で6歳頃からバドミントンを始め、中学進学を機に親元を離れて山口県へ。柳井商工高校時代には世界ジュニア優勝やインターハイ連覇、全日本総合優勝などの実績を残しました。

現在はACT SAIKYOに所属し、世界ランキングでもトップ10に入る日本女子シングルスの中心選手の一人です。

愛知・名古屋アジア大会では深夜0時8分から3回戦を戦う異例の日程に巻き込まれましたが、まだ20歳と若く、2028年ロサンゼルスオリンピックに向けた今後の活躍にも注目が集まりそうです。

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