大韓サッカー協会が外国人審判に性的な接待をしていたとする報道が、大きな波紋を広げています。
さらにネットでは「2011年当時に慣行だったのなら、2002年の日韓W杯はどうだったのか」と、過去のイタリア戦やスペイン戦まで再び注目される事態となっています。
一体何が明らかになり、2002年日韓W杯とはどこまで関係があるのでしょうか。
韓国サッカー協会の性接待は日韓W杯でもあった?
結論からいうと、2002年日韓W杯で韓国サッカー協会が審判に同様の性的接待を行っていたと確認できる証拠は、現時点では出ていません。
今回明らかになったのは、主に2011年から2012年にかけて行われた国際試合での接待です。
ただ、当時の協会関係者が接待について「当時は慣行的に行われていた」という趣旨の説明をしていることから、疑問がさらに過去へとさかのぼっています。
ネットでは、
- 2011年で「慣行」ならいつから始まったのか
- 2002年日韓W杯についても検証するべきではないか
- 韓国対イタリア、韓国対スペインの判定を改めて見てほしい
- 当時から不可解だと言われていた判定が気になる
といった声が目立っています。
今回の報道によって2002年の疑惑が新たに証明されたわけではありません。
しかし、20年以上にわたって議論されてきた「あの判定は本当に正しかったのか」という疑問に、再び火がついた形です。
2011年から2012年に何があった?
報道では、大韓サッカー協会が2011年から2012年にかけ、韓国で行われた国際試合を担当する外国人審判らに性的な接待を提供していたとされています。
対象には、ブラジルW杯アジア予選やロンドン五輪予選などが含まれていました。
外国人審判らがマッサージ店などを利用した際、協会の法人カードから費用が支払われていたとされています。
さらに注目されたのが、協会内部の決裁方法でした。
当初は「食事」など別の名目で処理されたケースがあった一方、その後の決裁文書には、なんと「審判マッサージ」と直接記載されていたと報じられています。
副会長まで承認していた?
接待費用については、当時の大韓サッカー協会副会長まで決裁していたと報じられています。
「審判マッサージ」と書かれた文書について、担当者から代理、課長、部長などを経て、副会長まで決裁が進んでいたとされています。
そのため、一部の職員が勝手に行った接待というより、協会内の正式な決裁ルートを通っていた可能性が指摘されています。
韓国の文化体育観光部も2016年の調査で、協会レベルで組織的に審判を接待していたとみられるとの判断をしていたと報じられました。
一方、その後の捜査では証拠が十分ではないとされ、協会がこの件で刑事処罰されたわけではありません。
また、接待を受けた審判が実際に韓国に有利な判定をしたと証明されたわけでもありません。
ここは分けて考える必要があります。
2011年当時の韓国サッカー協会長は?
2011年当時の大韓サッカー協会会長は、趙重衍(チョ・ジュンヨン)氏です。
趙重衍氏は2009年に会長へ就任し、2013年まで協会トップを務めました。
ただし、今回報じられた「審判マッサージ」の決裁について、趙氏本人が承認したと確認されたわけではありません。
報道で明らかになっているのは、副会長まで決裁していたという点です。
なお、2002年日韓W杯当時の大韓サッカー協会会長は別の人物で、鄭夢準(チョン・モンジュン)氏でした。
つまり、2002年と2011年では協会トップが異なります。
2002年イタリア戦の判定が再注目
今回の報道を受けて、特に掘り起こされているのが2002年6月18日に行われた日韓W杯決勝トーナメント1回戦、韓国対イタリア戦です。
試合は韓国が延長戦の末、2-1で勝利しました。
イタリアは前半18分、クリスティアン・ビエリ選手のゴールで先制。
韓国は試合終了間際の88分にソル・ギヒョン選手が同点ゴールを決め、延長戦へ突入します。
そして延長後半、アン・ジョンファン選手がゴールデンゴールを決め、韓国がベスト8へ進出しました。
劇的な試合だった一方で、現在まで語り継がれているのが審判の判定です。
- フランチェスコ・トッティ選手がシミュレーションを取られ2枚目のイエローカードで退場
- イタリアのダミアーノ・トンマージ選手の決定機がオフサイド判定
- 韓国選手の激しいプレーに対する判定
などを巡り、イタリア側から強い批判が出ました。
特にトッティ選手の退場とトンマージ選手へのオフサイド判定は、今でもサッカーファンの間で意見が分かれる場面です。
主審を務めたエクアドルのバイロン・モレノ氏は、その後も自身の判定を擁護しています。
ただ、今回の韓国サッカー協会を巡る報道が出たことで、「あの試合も改めて検証してほしい」と考える人が増えているようです。
2002年スペイン戦の判定が再注目
イタリア戦以上に判定を巡る議論が続いているのが、2002年6月22日の準々決勝・韓国対スペイン戦です。
試合は延長戦まで0-0。
PK戦を韓国が5-3で制し、アジア勢として歴史的なベスト4進出を決めました。
しかし、この試合ではスペイン側のゴールが認められなかった場面が複数あり、大きな議論となりました。
特に注目されたのが、ホアキン選手が右サイドから折り返し、フェルナンド・モリエンテス選手がゴールネットを揺らした場面です。
その直前にボールがゴールラインを割ったとの判定で得点は認められませんでしたが、映像を見る限りボールは残っていたのではないかとして、現在まで議論が続いています。
さらにスペインには別の得点取り消しもあり、オフサイド判定を含め審判団への批判が集中しました。
最終的にはPK戦でホアキン選手のキックを韓国GKイ・ウンジェ選手がセーブ。
最後はホン・ミョンボ選手が決め、韓国が準決勝へ進出しています。
もちろん、不可解な判定があったことと「審判が買収されていた」ことは同じではありません。
2002年大会のイタリア戦やスペイン戦について、韓国サッカー協会による買収や性的接待が原因だったと裏付ける証拠は現在まで確認されていません。
それでも今回、「審判への接待が慣行だった」とする証言や、副会長まで決裁していたとされる文書が表に出たことで、過去の記憶と結びつける人が出てくるのも無理はないでしょう。
なぜ今になって日韓W杯まで話題になっている?
最大の理由は、今回の問題が単なる一度きりの接待ではなく、「当時の慣行だった」と説明されている点にあります。
もし2011年にすでに慣行として存在していたのであれば、「いつから続いていたのか」という疑問が生まれます。
そこで約9年前の2002年日韓W杯が再び注目されました。
しかも韓国は2002年大会で、イタリア、スペインという欧州の強豪を次々に破ってベスト4まで進出しています。
その2試合には以前から判定を巡る議論があったため、今回の報道と結びつける声が急速に広がったのでしょう。
ただし、2011年から2012年の接待問題と2002年日韓W杯を直接結びつける証拠は現時点ではありません。
今後、本当に問われるのは「慣行だった」とされる接待がいつ始まり、どの範囲まで行われていたのかという部分になりそうです。
まとめ
今回は、韓国サッカー協会の性接待報道と、再び注目されている2002年日韓W杯についてまとめました。
- 2011~2012年に外国人審判への性的接待が行われたとする資料が報じられた
- 「審判マッサージ」と書かれた決裁文書を副会長まで承認していたとされる
- 当時の関係者から「慣行だった」とする趣旨の説明が出ている
- 2002年日韓W杯で同様の接待があったとする証拠は確認されていない
- 韓国対イタリア、韓国対スペインの controversial な判定が再び注目されている
- 2011年当時の協会長は趙重衍氏、2002年当時は鄭夢準氏だった
2011年の問題だけなら15年前の出来事ですが、「慣行」という言葉が出たことで話は一気に変わりました。
2002年の判定まで改めて検証を求める声が出ている今、今後さらに過去の資料や証言が明らかになるのか注目されます。


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