大韓サッカー協会が外国人審判らに性的な接待を行っていたとする問題で、「最終的に誰が承認したのか」に注目が集まっています。
決裁書は当時の副会長まで通っていたとされていますが、その人物の実名は明らかになっているのでしょうか。
また、2011年当時の会長だった趙重衍(チョ・ジュンヨン)氏の関与や、なぜこのような接待が行われたのかについても調べました。
韓国サッカー協会で性接待を承認した副会長は誰?
結論からいうと、性接待の費用を最終的に承認したとされる「当時の副会長」の実名は、2026年8月8日時点で明らかにされていません。
今回明らかになった資料では、2011年から2012年にかけて外国人審判らへの接待費用が協会の法人カードで支払われていました。
さらに、その費用を処理するための決裁書が、
- 担当職員
- 代理
- 課長
- 局長
- 副会長
という協会内部の決裁ルートを通っていたとされています。
特に注目されたのが、途中から決裁書に「審判マッサージ」と具体的に記載されていた点です。
当初は「食事接待」や「試合後の飲酒」など別の名目で処理されていましたが、後にはマッサージであることを隠さず申請し、それでも副会長まで決裁が通っていたとされています。
そのため、一部職員だけが秘密裏に行っていたというより、少なくとも組織内の上層部まで費用の存在を認識していた可能性が指摘されています。
副会長の名前が出ていない理由は?
現在公開されている調査資料や報道では、最終決裁者について「当時の副会長」とされているものの、氏名までは示されていません。
当時の大韓サッカー協会には副会長が複数いたため、役職だけを見て特定の人物に結びつけることはできません。
2012年当時の協会執行部には李会澤(イ・フェテク)氏、金在漢(キム・ジェハン)氏、盧興燮(ノ・フンソプ)氏、崔泰烈(チェ・テヨル)氏ら複数の副会長がいました。
ただし、これらの人物のうち誰かが今回の「審判マッサージ」の決裁者だったと確認されたわけではありません。
決裁書そのものに押された印や署名と実名が公表されない限り、承認した副会長を断定することはできない状況です。
2011年会長・趙重衍の関与は?
2011年当時の大韓サッカー協会会長は趙重衍(チョ・ジュンヨン)氏ですが、今回の審判への性接待を趙氏自身が指示したり、決裁したりした事実は現在まで確認されていません。
今回判明した決裁ルートでは、最終決裁者として示されているのは「副会長」です。
そのため、
- 趙重衍氏が接待を指示した
- 趙重衍氏が接待費用を承認した
- 趙重衍氏が外国人審判への接待内容を把握していた
といった点については、現時点では確認できていません。
ただ、問題の接待が行われた2011年3月から2012年3月は、趙氏が協会トップを務めていた時期と重なります。
しかも、決裁が副会長まで上がる組織的な手続きの中で行われていたことから、当時の協会全体の管理体制については厳しい目が向けられています。
趙重衍は何者?
趙重衍氏は、選手・指導者を経て大韓サッカー協会の中枢を長く務めた韓国サッカー界の重鎮です。
- 名前:趙重衍(チョ・ジュンヨン)
- 生年月日:1946年1月18日
- 出身:韓国・忠清北道
- 学歴:中東高校、 高麗大学
- 大韓サッカー協会会長:2009年~2013年1月
若い頃には韓国のユース代表に選ばれ、その後は高麗大学や蔚山現代などで指導者を務めました。
1990年代から大韓サッカー協会の行政に関わるようになり、1998年から2004年までは専務を務めています。
2002年の日韓ワールドカップ当時も協会の実務責任者として大会運営などに深く関わった人物でした。
その後、副会長を経て2009年に第51代大韓サッカー協会会長へ就任しています。
趙重衍にも法人カード問題があった?
趙重衍氏については、今回の審判への接待とは別に、協会の法人カードや公金を巡る問題が過去の調査で指摘されています。
2011年7月から2012年5月に海外出張へ妻を同行させ、その費用約3000万ウォンを協会側が負担していたとされました。
ゴルフ場などで使用した費用を合わせると、趙氏について約4470万ウォンの不適切な予算執行が確認されたとされています。
ただし、これはあくまで趙氏自身の法人カード・公金使用を巡る問題です。
外国人審判への性接待を趙氏が承認したという今回の話とは別であり、2つを直接結びつけることはできません。
性接待が行われた理由は?
性接待が行われた背景について、当時の協会関係者は、外国人審判側から要求されることがあり、接待が慣行のようになっていたという趣旨の説明をしています。
当時の関係者によると、海外の審判と直接交流する機会が限られていたため、韓国を訪れた際に手厚くもてなすことが協会内で当然のように扱われていた可能性があります。
実際、決裁書に「審判マッサージ」と書かれていても上層部までそのまま決裁されていたことから、少なくとも一部では特別な問題だという認識が薄かったことがうかがえます。
ただ、最も気になるのは「韓国に有利な判定をしてもらうためだったのではないか」という点でしょう。
現時点で、接待と試合の判定を直接結びつける証拠は確認されていません。
外国人審判が接待を受けた見返りとして韓国に有利な判定をした、と断定できる状況ではありません。
どんな試合の審判が接待を受けていた?
問題となっている接待は、2011年3月から2012年3月までの約1年間に行われたとされています。
対象となったのは、韓国で開催された代表戦やロンドン五輪予選などを担当した外国人審判や関係者です。
ソウル・江南、蔚山、昌原などのマッサージ店で計8回の接待が行われ、1回につき数十万ウォンから100万ウォンを超える費用が協会の法人カードで支払われたとされています。
国際試合の公平性に直接関わる審判が対象だったため、15年近く経過した現在になって大きな問題となっています。
なぜ今まで明らかにならなかった?
この問題自体は2016年の韓国政府による調査ですでに把握されていましたが、当時の公表資料から「審判への性接待」に関する部分が外されていました。
調査では法人カードの使用記録や協会内部の精算書、関係者の証言などが確認され、捜査機関にも情報が渡されていました。
しかし、その後の捜査では証拠不十分として刑事処分には至らなかったとされています。
大韓サッカー協会側も、捜査で嫌疑なしと判断されたことを理由に、性接待について関係者を処分しなかったと説明しています。
それから約10年が経過した2026年、当時の詳細な調査資料が改めて表に出たことで、「なぜ副会長まで承認していた問題が処分されなかったのか」という疑問が再燃しました。
まとめ
今回は、韓国サッカー協会で性接待を承認した副会長や、2011年当時の会長・趙重衍氏の関与、接待理由についてまとめました。
- 外国人審判らへの接待は2011年3月~2012年3月に計8回行われたとされる
- 「審判マッサージ」と書かれた決裁書が副会長まで回っていた
- 最終決裁した副会長の実名は現時点で公表されていない
- 2011年当時の会長は趙重衍氏
- 趙氏が審判への性接待を直接指示・承認した事実は確認されていない
- 当時の関係者は審判への接待が慣行化していたという趣旨の説明をしている
- 接待によって韓国に有利な判定が行われたとする証拠は確認されていない
最も大きなポイントは、個人が勝手に使った費用ではなく、協会内部の正式な決裁ルートを通って副会長まで承認されていたとされる点です。
今後、決裁書に押された副会長の実名や当時の会長を含む上層部がどこまで把握していたのかが明らかになれば、問題はさらに大きくなる可能性があります。


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