1976年モントリオール五輪の柔道男子中量級で金メダルを獲得した園田勇さんが亡くなりました。
現役引退後も指導者として、長く柔道界を支えてきた人物です。
園田勇さんの経歴や妻・子供など家族、兄・園田義男さんとの関係や死因をまとめます。
園田勇はモントリオール五輪金メダリスト
園田勇さんは、1976年モントリオール五輪の柔道男子中量級で金メダルを獲得した柔道家です。
福岡県で生まれ育ち、福岡工業大学や福岡県警を拠点に世界の頂点まで駆け上がりました。
引退後は福岡県警の柔道指導者となり、谷亮子さんや日下部基栄さんらの育成にも関わっています。
プロフィールは以下の通りです。
- 名前:園田勇
- 読み方:そのだ・いさむ
- 生年月日:1946年11月4日
- 没年月日:2026年7月16日
- 享年:79歳
- 出身地:福岡県山門郡三橋町、現在の柳川市
- 出身高校:福岡電波高校
- 出身大学:福岡工業大学
- 所属歴:丸善石油、福岡県警察
- 身長:177センチ
- 得意技:大外刈り
- 段位:柔道九段
園田勇さんの柔道人生は、故郷の福岡と深く結び付いていました。
東京などに活動拠点を移す選手が多いなかでも、地元で力を磨き続け、世界王者と五輪金メダリストの両方を成し遂げています。
園田勇の経歴
園田勇さんは、大学時代から国内外の大会で頭角を現し、日本を代表する中量級選手となりました。
福岡工業大学時代に学生日本一
園田勇さんは福岡電波高校を卒業後、福岡工業大学に進学しました。
1967年には全日本学生柔道選手権と東京ユニバーシアードで優勝。
翌1968年にも全日本学生柔道選手権を制し、学生柔道界を代表する選手へと成長します。
実家は養豚業を営んでおり、少年時代には豚の餌をリヤカーや自転車で運んでいました。
重い荷物を毎日のように運んだ経験が、柔道に必要な腕力や脚力、粘り強さにつながったと伝えられています。
1969年に兄弟で世界選手権優勝
1969年の世界柔道選手権では、男子80キロ級で優勝しました。
この大会では、兄の園田義男さんも63キロ級を制覇。
同じ大会で兄弟そろって世界王者になるという、日本柔道史に残る快挙を成し遂げています。
大学卒業後は丸善石油に入社し、仕事と競技を両立していました。
その後、福岡県警に入り、柔道に打ち込める環境のなかで再び世界の頂点を目指します。
29歳でモントリオール五輪金メダル
園田勇さんは1973年の世界選手権で銀メダルを獲得。
1976年には、世界選手権3連覇の実績を持つ藤猪省三さんとの激しい代表争いを制し、29歳で初めて五輪代表に選ばれました。
モントリオール五輪の決勝では、ソ連のワレリー・ドボイニコフ選手を破り、男子中量級の金メダルを獲得しています。
1972年ミュンヘン五輪では補欠に回っており、モントリオール大会は長年の思いをぶつけた最初で最後の五輪でした。
柔道人生の集大成ともいえる舞台でつかんだ金メダルだけに、試合後には男泣きしたと伝えられています。
引退後は福岡県警の指導者に
園田勇さんは1978年の嘉納治五郎杯を最後に現役を引退しました。
その後は福岡県警の柔道指導者となり、元首席師範として警察官や若い選手の育成に携わります。
2000年シドニー五輪で銅メダルを獲得した日下部基栄さんをはじめ、谷亮子さんらトップ選手の指導にも関わりました。
2018年には柔道九段に昇段。
福岡工業大学の理事も務め、選手としてだけでなく、指導者や学校運営の立場からも柔道界を支え続けました。
園田勇の妻や子供など家族は?
園田勇さんの妻や子供については、名前や年齢、人数などの詳しい情報は公表されていません。
競技成績や指導歴は数多く紹介されてきましたが、私生活について語られる機会はほとんどありませんでした。
園田勇さんは5人きょうだいの末っ子とされており、実家は福岡県で養豚業を営んでいました。
家族の中で最もよく知られているのが、兄で柔道家の園田義男さんです。
兄・園田義男との関係
園田義男さんは、園田勇さんより1歳年上の兄です。
兄が中学校で柔道を始めたことをきっかけに、野球をしていた勇さんも柔道へ転向しました。
中学、高校時代には、兄弟で負けまいと激しい稽古を重ねていたといいます。
兄の義男さんは1969年世界選手権の63キロ級、弟の勇さんは80キロ級で優勝しました。
兄弟でありながら互いを高め合うライバルでもあり、若い頃に積み重ねた稽古が2人を世界王者へ押し上げたのでしょう。
義男さんは引退後、福岡工大城東高校の柔道部監督や校長を務め、谷亮子さんや日下部基栄さんらを育てました。
園田兄弟は現役時代だけでなく、指導者としても福岡の柔道界を支えた存在だったことが分かります。
義男さんは2018年1月29日、大動脈瘤破裂のため72歳で亡くなりました。
葬儀で勇さんは「兄貴がいたから自分がある」と語り、突然の別れに肩を落としていました。
世界一を競い合った兄であり、自身を柔道の道へ導いてくれた大きな存在でもあったのでしょう。
園田勇の死因は肺炎
園田勇さんは2026年7月16日午後8時20分、福岡市内の病院で亡くなりました。
死因は肺炎で、79歳でした。
肺炎を発症した時期や闘病期間、持病の有無などは明らかにされていません。
訃報が伝えられると、五輪金メダリストとしての活躍だけでなく、谷亮子さんや日下部基栄さんらを育てた指導者としての功績にも改めて注目が集まりました。
現役時代は兄とともに世界を制し、引退後は次の世代へ柔道を伝え続けた園田勇さん。
福岡から世界の頂点に立ったその歩みは、これからも柔道界で語り継がれていくことでしょう。
まとめ
今回は、園田勇さんの経歴や妻・子供など家族、兄・義男さんとの関係や死因についてまとめました。
- 1976年モントリオール五輪柔道男子中量級の金メダリスト
- 1969年世界選手権では兄の園田義男さんと兄弟優勝
- 妻や子供について詳しい情報は公表されていない
- 引退後は福岡県警の指導者として後進を育成
- 2026年7月16日に肺炎のため79歳で死去
兄弟で世界王者になった華々しい実績の陰には、幼い頃から積み重ねた厳しい稽古がありました。
選手として世界一に輝くだけでなく、指導者として多くの選手を育てた功績の大きさを、改めて感じさせる訃報となりました。


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