2025年12月31日、水戸市でネイリストの小松本遥さんが殺害された事件。
殺人とストーカー規制法違反の罪に問われているのが、元交際相手の大内拓実被告です。
大内拓実被告の経歴や職業、小松本遥さんとの交際歴、破局後のストーカー行為や裁判で語られた犯行動機について整理します。
大内拓実の経歴や職業は?
まずは、大内拓実被告について現在までに明らかになっているプロフィールや職歴から見ていきます。
大内拓実被告は、茨城県城里町に住んでいた29歳の会社員です。
- 名前:大内拓実
- 年齢:29歳
- 居住地:茨城県城里町
- 職業:会社員
- 罪名:殺人、ストーカー規制法違反
2026年9月14日に水戸地裁で開かれた初公判では、裁判長から起訴内容に間違いがないか尋ねられ、「ないです」と答えています。
事件当時の職業は会社員と報じられており、勤務先関係者への取材から具体的な仕事内容も明らかになっています。
EV向けバッテリー製造会社で出荷業務を担当
大内被告は、電気自動車向けのバッテリーを製造する会社で働き、製品の出荷業務に携わっていたとされています。
仕事ではフォークリフトの運転や操作も行っていたとされ、勤務先の関係者からは、無断欠勤などもなく仕事を真面目にこなしていたという証言が出ています。
事件の報道だけを見ると普段から周囲と問題を起こしていた人物なのかと思う人もいるかもしれません。
しかし、少なくとも職場では通常通り勤務しており、事件を知った同僚が驚いたという証言も報じられています。
以前は危険物を扱う運送会社に勤務
現在の勤務先へ転職する前には、危険物を扱う運送会社に勤務していたとの証言もあります。
その後、バッテリー製造会社へ転職し、事件当時まで勤務していたとみられています。
一方で、出身高校や大学など詳しい学歴については、現時点で確実に確認できる情報は限られています。
ネット上には学校名などさまざまな情報も出ていますが、確定していないものについては断定できません。
大内拓実と小松本遥さんの交際歴は?
今回の事件を理解するうえで大きなポイントとなるのが、2人の交際と破局後の関係です。
大内被告と小松本遥さんは、2024年1月ごろから交際を始めました。
2人は小松本さんが当時勤務していた水戸市内の飲食店で知り合ったとされています。
交際はその年の11月ごろまで続きましたが、小松本さんから別れを告げられ、関係を解消しました。
その後、小松本さんは別の男性と結婚し、事件当時は妊娠5カ月でした。
一方、大内被告は破局後も小松本さんとの関係に気持ちの整理をつけられなかったことを、裁判で明かしています。
破局後も小松本遥さんへの連絡を続けていた
2人が別れた後、大内被告は再び小松本さんと接触しようとしていました。
2025年6月には、小松本さんに対してLINEで「もう一度ちゃんと話せたら」という趣旨のメッセージを送っています。
しかし、小松本さんは大内被告のアカウントをブロック。
電話についても着信を拒否するなど、大内被告との接触を避ける対応を取っていたとされています。
それでも大内被告は、小松本さんの知人に現在の居場所を尋ねるなどして、接触する方法を探していました。
大内被告は被告人質問で、連絡を拒否されたことで「不安が怒りに変わった」という趣旨の説明をしています。
2025年10月ごろには、小松本さんに危害を加えることを考えるようになったとされています。
大内拓実のストーカー行為とは?
公判では、事件直前に大内被告が小松本さんの居場所を把握するまでの経緯も明らかになりました。
特に注目されたのが、位置情報を確認できる紛失防止タグを利用していたことです。
ぬいぐるみに紛失防止タグを仕込む
2025年12月26日ごろ、大内被告は小松本さんが好んでいたキャラクターのぬいぐるみを用意。
その中に位置情報を確認できる紛失防止タグを隠し、小松本さんの実家へ届けたとされています。
さらに、普通にプレゼントを送るのではなく、キャンペーンに当選した商品であるかのように見せかける案内も用意していたとされています。
家族から連絡を受けた小松本さんがぬいぐるみを現在の自宅へ持ち帰ったことで、大内被告は転居先を把握したとみられています。
小松本さん本人から住所を聞き出せなかったため、位置情報を利用して居場所を突き止めようとした経緯が明らかになった形です。
自宅周辺を訪れ車にも紛失防止タグ
起訴内容などによると、大内被告は2025年12月28日から31日にかけて、小松本さんが暮らすアパート周辺を訪れていました。
さらに事件当日の12月31日には、小松本さんの車のナンバープレートの裏側に紛失防止タグを取り付けたとされています。
このアパート周辺をうろついた行為や車へのタグの取り付けなどについて、ストーカー規制法違反の罪にも問われています。
単に破局後も連絡を続けていたというだけではなく、相手から連絡を拒否された後も居場所を探し続け、位置情報まで利用していたことになります。
事件当日までに何があった?
小松本遥さんが亡くなったのは、2025年12月31日の大みそかでした。
起訴内容によると、大内被告は小松本さんの自宅を訪れ、ハンマーや包丁を使って殺害した罪に問われています。
初公判では、大内被告はこうした起訴内容を認めました。
検察側は、大内被告が事前に凶器を用意していたことや、紛失防止タグを使って小松本さんの居場所を突き止めた経緯などから、計画性のある犯行だったと主張しています。
一方、弁護側は包丁の使用については突発的だったなどと主張しています。
裁判では、事件そのものだけでなく、破局してから事件に至るまでの大内被告の心理や行動も詳しく審理されています。
大内拓実が語った犯行動機は?
大内被告は2026年9月17日の被告人質問で、自身がなぜ犯行に至ったのかを説明しています。
大内被告によると、小松本さんから別れを告げられた後も、関係を修復したいという気持ちが残っていました。
ところが連絡を拒否され、居場所も分からなくなったことで、不安な気持ちが次第に怒りへ変化していったという趣旨の説明をしています。
そして犯行については、小松本さんの存在を消して出会う前に戻り、人生をリセットしたかったという趣旨の供述をしています。
また、
- 自分が楽になりたかった
- モヤモヤした気持ちを消したかった
- 拒絶されたことに対する怒りがあった
など、自身の感情についても説明しています。
検察側はこうした動機について、身勝手で理不尽なものだとして厳しく指摘しています。
小松本遥さんの結婚や妊娠は知らなかった?
裁判では、小松本さんが事件当時すでに結婚し、妊娠していたことを大内被告が知っていたのかについても質問されています。
大内被告は、小松本さんの結婚や妊娠については知らなかったと説明。
さらに、それを知っていれば今回のような行動はなかったという趣旨の発言もしています。
小松本さんは2025年7月に結婚しており、事件当時は妊娠5カ月でした。
一方で、大内被告が小松本さんの現在の生活を知らないまま、居場所を探し続けていたことも公判から明らかになっています。
大内拓実は裁判で何を語った?
大内被告は初公判で起訴内容を認め、被告人質問では事件への反省についても言及しています。
自身の行動について「取り返しのつかないことをしてしまった」という趣旨の発言をし、小松本さんの人生を奪ったことについて謝罪の言葉も述べています。
一方、小松本さんの夫は事件によって妻と生まれてくるはずだった子どもを失いました。
遺族は法廷で、事件後の日々について心が休まることがないという胸中を明かし、大内被告に法の許す限りの厳罰を求めています。
大内拓実被告に拘禁刑21年を求刑
2026年9月24日、水戸地裁で開かれた裁判で、検察側は大内拓実被告に拘禁刑21年を求刑しました。
検察側は、小松本さんとの別れに納得できず、連絡を拒否されたことから犯行に至った動機について酌量の余地はないと主張。
さらに、凶器を準備していたことや、紛失防止タグなどを利用して居場所を探した経緯についても、計画性や執拗さを指摘しました。
これに対して弁護側は、同種事件の量刑なども踏まえて寛大な判決を求めています。
裁判は9月24日に結審しており、判決は9月30日に言い渡される予定です。
まとめ
大内拓実被告は、茨城県城里町に住んでいた29歳の会社員です。
事件当時は電気自動車向けバッテリーを製造する会社で製品の出荷業務に携わり、それ以前には危険物を扱う運送会社で働いていたとの証言が出ています。
小松本遥さんとは2024年1月ごろから交際していましたが、同年11月ごろに破局。その後も大内被告は連絡を試み、紛失防止タグなどを使って小松本さんの居場所を把握したとされています。
大内被告は犯行動機について、小松本さんの存在を消して出会う前に戻り、人生をリセットしたかったという趣旨の説明をしています。
2026年9月24日には検察側から拘禁刑21年が求刑されました。
判決は9月30日の予定となっており、裁判所が一連の行為や動機をどのように判断するのか注目されます。


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