フィギュアスケート女子の中井亜美選手が、2026年10月25日にグランプリシリーズ・フランス大会で逆転優勝し、改めて注目を集めています。
ミラノ・コルティナ五輪では銅メダルを獲得しており、今後の日本女子フィギュアを担う選手の一人です。
今回は、中井亜美選手の父親・母親・姉などの家族構成をはじめ、実家の整骨院、経歴や学歴、これまでの実績について詳しく見ていきます。
中井亜美の父親・母親・姉など家族構成は?
中井亜美選手は、父親・母親・姉・本人の4人家族です。
| 家族 | 分かっていること |
|---|---|
| 父親 | 自営業で、新潟に残り競技生活を支えてきた |
| 母親 | 中井亜美選手とともに千葉へ移住し、競技生活をサポート |
| 姉 | 1人おり、中井選手にとって親友のような存在 |
| 中井亜美 | 2008年4月27日生まれの次女 |
中井亜美選手は新潟県新潟市で育ちましたが、中学校への進学を機に競技環境を求めて千葉県へ移りました。
このとき母親が中井選手と一緒に千葉へ移り、父親と姉は新潟に残っています。
家族が二つの拠点に分かれて生活することになりましたが、中井選手本人がより高いレベルを目指すために決断した移籍でした。
父親の職業は自営業
中井亜美選手の父親は、自営業であることが明らかになっています。
具体的な名前や年齢などは公表されていません。
父親自身もスポーツを趣味としており、中井選手が小学生だった頃には公園で一緒に走る練習をしていたことがあります。
中井選手は幼い頃から非常に負けず嫌いで、運動会のリレーでも「絶対に1番になりたい」と父親と何度も練習していたそうです。
スケートだけではなく、幼い頃から父親と身体を動かしていたことも、現在の高い運動能力につながっているのかもしれません。
中学校進学時に中井選手と母親が千葉へ移った際も、父親は姉とともに新潟に残りました。
中井選手にとって、家族と離れて暮らすことは簡単な決断ではなかったようです。
新潟を離れる際には、遠ざかっていく父親や姉に手を振りながら涙をこらえ、「1番になる」と決意したことも伝えられています。
母親は中井亜美と一緒に千葉へ移住
母親は、中井亜美選手の競技生活を最も近くで支えてきた存在の一人です。
母親の名前や年齢、職業などは公表されていません。
中井選手が小学6年生の頃、「このままじゃダメだと思う」とさらに上を目指したい気持ちを母親に伝えました。
そこで母親が移籍先となるMFフィギュアスケートアカデミーを探し、中学校進学と同時に母娘で千葉へ移っています。
中井選手自身も、母親と2人で千葉へ移ることで生活費などの負担が増えるため、家族に対して申し訳ない気持ちがあったことを明かしています。
それでも家族は中井選手の挑戦を応援し、母親も「やりたいことなら全力でサポートする」と背中を押してきました。
2026年のミラノ・コルティナ五輪で銅メダルを獲得した際には、母親へ喜びを報告しています。
幼い頃から長期間にわたって競技生活を支えてきた母親にとっても、大きな節目となったことでしょう。
姉とは親友のように仲が良い
中井亜美選手には姉が1人おり、中井選手は次女です。
姉の名前や年齢、職業については公表されていません。
姉は中井選手が千葉へ移った後も父親と新潟で生活してきました。
一方で姉妹の仲は非常に良く、中井選手にとって姉は「親友のような存在」とされています。
2人で東京ディズニーランドへ遊びに行くこともあるなど、離れて暮らしていても良好な関係が続いているようです。
2025年末の全日本選手権では姉が現地まで応援に駆けつけ、2026年のミラノ・コルティナ五輪でも中井選手を支えました。
中井選手が世界の舞台で戦ううえで、姉の存在も大きな心の支えになっていることがうかがえます。
中井亜美の実家は新潟市の整骨院?
中井亜美選手の実家については、新潟県新潟市内で整骨院に関係する家庭で育ったことが報じられています。
2026年2月には、中井選手について「新潟市内の整骨院の家に生まれた」とする報道がありました。
父親が自営業であることも別の取材で明らかになっているため、実家の事業と整骨院に関係があるとみられます。
ただし、父親が整骨院の院長なのか、施術者として働いているのかなど、具体的な立場までは公表されていません。
そのため、ネット上で見られる整骨院名や父親の詳しい職業については、確認できていない情報と分けて考えた方がよさそうです。
一部では、中井選手自身が16歳で実家の事業の取締役になったことも報じられています。
高校生の競技生活と並行して実家の事業にも関係していることになりますが、具体的にどのような業務を担当しているのかは明らかになっていません。
中井亜美のプロフィール
ここで、中井亜美選手の基本的なプロフィールを整理します。
| 名前 | 中井亜美(なかい あみ) |
|---|---|
| 生年月日 | 2008年4月27日 |
| 年齢 | 18歳 |
| 出身地 | 新潟県新潟市 |
| 身長 | 約150cm |
| 所属 | TOKIOインカラミ |
| 練習拠点 | MFフィギュアスケートアカデミー |
| 得意技 | トリプルアクセル |
| 趣味 | K-POP、コスメなど |
中井選手がフィギュアスケートに興味を持つきっかけとなったのは、浅田真央さんでした。
幼い頃にテレビで浅田さんを見て「自分も滑ってみたい」と憧れを持ったそうです。
当時は近くにスケートリンクがなかったため、最初は新体操を習っていました。
その後、自宅から車で通える場所にスケートリンクができたことから、5歳で本格的にフィギュアスケートを始めています。
中井亜美の学歴は?
中井亜美選手は、新潟市立女池小学校から市川市立南行徳中学校へ進み、その後は通信制の勇志国際高等学校へ進学しています。
| 学校 | 学校名 |
|---|---|
| 小学校 | 新潟市立女池小学校 |
| 中学校 | 市川市立南行徳中学校 |
| 高校 | 勇志国際高等学校 |
小学校は新潟市立女池小学校
中井選手は、新潟市立女池小学校に通っていました。
小学生時代からアイビススケーティングクラブに所属し、地元新潟で練習を重ねています。
2018年には全日本ノービス選手権Bクラスで優勝するなど、早くから全国レベルで結果を残していました。
2026年の五輪で銅メダルを獲得した際には、母校の女池小学校でも児童たちが演技を見守り、先輩の快挙を祝福しています。
中学校は市川市立南行徳中学校
小学校卒業後、中井選手は母親とともに千葉県へ移住し、市川市立南行徳中学校へ進学しました。
2024年3月に同校を卒業しています。
中学時代はスケートの練習だけでなく、学校生活にも真面目に取り組んでいたようです。
休み時間にも宿題をしており、担任の先生から「少し休んだら」と心配されるほどだったというエピソードもあります。
練習時間は1日約4時間に及ぶこともあり、学校から帰宅した後に宿題をこなす生活を続けていました。
競技と学業を両立するため、かなり忙しい中学校生活だったことが分かります。
高校は通信制の勇志国際高等学校
中学校卒業後の2024年、中井選手は通信制の勇志国際高等学校へ進学しました。
海外遠征や長時間の練習が必要となるトップスケーターにとって、競技と学業を両立しやすい環境を選んだ形です。
高校進学後にシニアへとステップアップし、世界トップクラスの大会で次々と結果を残すようになりました。
中井亜美の経歴
中井亜美選手は、幼少期から高い向上心を持ち、ジュニアからシニアへと着実に成長してきました。
5歳でフィギュアスケートを始め、小学生時代から全国大会で活躍しました。
特に大きな転機となったのが、小学校卒業後の2021年です。
中井選手自身が「もっと上を目指したい」と考え、新潟から千葉のMFフィギュアスケートアカデミーへ練習拠点を移しました。
中庭健介コーチらの指導を受け、スケーティングやジャンプの技術を磨いていきます。
中学2年だった2022年の全日本選手権では、シニアのトップ選手に混じって4位に入り、一気に注目を集めました。
翌2023年には世界ジュニア選手権で銅メダルを獲得しています。
その後は腰痛などで思うような結果を残せない時期もありましたが、練習方法や身体づくりを見直して復調しました。
2025-26シーズンからシニアへ本格参戦すると、グランプリシリーズ初戦のフランス大会で優勝するなど急速に世界トップへ駆け上がりました。
中井亜美の主な実績
中井亜美選手はジュニア時代から世界大会で表彰台に立ち、2026年には五輪メダリストとなっています。
| 年 | 大会・実績 |
|---|---|
| 2018年 | 全日本ノービス選手権Bクラス 優勝 |
| 2022年 | 全日本選手権 4位 |
| 2023年 | 世界ジュニア選手権 3位 |
| 2024年 | ジュニアGPファイナル 3位 |
| 2025年 | GPフランス大会 優勝 |
| 2025年 | GPカナダ大会 3位 |
| 2025年 | GPファイナル 2位 |
| 2025年 | 全日本選手権 4位 |
| 2026年 | 四大陸選手権 2位 |
| 2026年 | ミラノ・コルティナ五輪 3位 |
| 2026年 | 世界選手権 9位 |
| 2026年10月 | GPフランス大会 優勝 |
2026年ミラノ・コルティナ五輪で銅メダル
中井選手の名前がさらに広く知られることになったのが、2026年2月のミラノ・コルティナ冬季五輪です。
初出場ながら女子シングルで銅メダルを獲得しました。
ショートプログラムでは得意のトリプルアクセルを成功させ、78.71点で首位に立ちました。
フリーでは一部にミスが出たものの、合計219.16点で3位となり、初めての五輪で表彰台に上がっています。
17歳でのメダル獲得となり、日本女子フィギュア史上最年少の五輪メダリストとなりました。
小学生の頃から憧れていた五輪の舞台で、一つの夢を実現したことになります。
2026年10月25日にGPフランス大会を連覇
五輪後の2026-27シーズンでも、中井選手は好スタートを切っています。
2026年10月24日、現地フランスで行われたGPシリーズ第1戦フランス大会の女子フリーで逆転優勝しました。
日本時間では10月25日の早朝に優勝が決まっています。
ショートプログラムではトリプルアクセルが1回転になるミスがあり、70.66点の3位スタートでした。
しかしフリーでは冒頭のトリプルアクセルを成功させるなど演技をまとめ、149.08点を記録しました。
合計219.74点で2位に16点以上の差をつけ、逆転優勝を果たしています。
中井選手は2025年のフランス大会でもGPデビュー戦で優勝しており、これで同大会2連覇となりました。
GPシリーズでは通算2勝目となり、昨季のGPファイナルを含め、シニアのGP関連大会では出場した4戦すべてで表彰台に立っています。
五輪銅メダリストとして周囲から注目される立場になった中でも、ショートのミスから立て直して逆転優勝した点は、中井選手の勝負強さを示す結果となりました。
まとめ
中井亜美選手は、父親・母親・姉・本人の4人家族で、新潟県新潟市で育ちました。
父親は自営業で、実家については新潟市内の整骨院に関係する家庭であることが報じられていますが、父親の詳しい役職などは公表されていません。
中学校進学を機に母親と千葉へ移住し、父親と親友のように仲の良い姉は新潟に残るという二拠点生活を選択しました。
家族の大きなサポートを受けながら競技に打ち込み、女池小学校、南行徳中学校を経て、通信制の勇志国際高等学校へ進学しています。
2026年にはミラノ・コルティナ五輪で銅メダルを獲得し、10月25日にはGPフランス大会で2年連続優勝を達成しました。
18歳ながらすでに五輪メダルやGPシリーズ優勝などの実績を持っており、今後さらに世界の頂点を狙う存在として注目されそうです。


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