近藤心音の家族構成は?父親・母親・妹の経歴や学歴と引退理由・パワハラ告発も

フリースタイルスキーで北京、ミラノ・コルティナと2大会連続の冬季五輪代表に選ばれた近藤心音さん。

2026年6月に23歳で現役引退を発表し、8月には代表チーム内で受けたとするいじめやパワハラについて明かしたことで注目されています。

近藤心音さんの父親・母親・妹など家族構成、経歴や学歴、2度の五輪でのケガと現役引退を決めた理由についてまとめます。

目次

近藤心音の家族構成は?

近藤心音さんは、父親・母親・本人・妹の4人家族として知られています。

  • 父親:近藤信(まこと)さん
  • 母親:近藤聖子(きよこ)さん
  • 本人:近藤心音さん
  • 妹:近藤叶音(かのん)さん

特徴的なのが、家族全員がスキーと深く関わっていることです。

父親は日本のフリースキー界で長く活躍してきた人物で、母親も元モーグル選手。

さらに妹の叶音さんもフリースタイルスキーのスロープスタイルやビッグエアで競技を続けています。

近藤心音さんが幼い頃から世界を目指すことができた背景には、家族全員がスキーに関わる家庭環境がありました。

父親・近藤信はフリースキー界の第一人者

近藤心音さんの父親は、近藤信さんです。

信さんはフリースキーが世界的に広がり始めた2000年前後から、日本のフリースキー界をけん引してきたトップライダーの一人として知られています。

国内外のビッグエア大会やスキー映像作品などでも活動し、「隊長」の愛称で知られてきました。

現役後は白馬を中心に、子供や競技選手の育成にも携わっています。

近藤心音さんにとって信さんは父親であると同時に、スキーを教えてきたコーチでもありました。

心音さんは3歳ごろからスキーを始めていますが、それ以前から父親の背中におぶわれて雪山へ行くほど、スキーが身近な環境で育ったといいます。

小学5年生で本格的に競技へ取り組むようになってからも、父親は練習への送迎や技術指導、フィジカルトレーニングなどを支えてきました。

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母親・近藤聖子も元モーグル選手

近藤心音さんの母親は、近藤聖子さんです。

聖子さんもスキー経験者で、現役時代にはモーグル競技に取り組んでいました。

心音さんの競技生活では、特に食事や栄養面で大きな支えになったといいます。

心音さんは引退を発表した際にも、母親が栄養管理を考えながら数多くのアスリート食を作ってくれたことに感謝を伝えていました。

父親が技術やトレーニング面を支え、母親が食事や生活面を支えるという環境で競技を続けてきたことになります。

父親が仕事などで練習に同行できないときには、母親が代わってコーチ役を務めることもあったとされています。

妹・近藤叶音もフリースタイルスキー選手

近藤心音さんの妹は、近藤叶音さんです。

叶音さんは2009年5月8日生まれで、姉と同じフリースタイルスキーのスロープスタイルとビッグエアに取り組んでいます。

日本代表の強化指定選手にも選ばれ、国内外の大会へ出場してきました。

  • 2009年5月8日生まれ
  • フリースタイルスキー選手
  • 種目:スロープスタイル・ビッグエア
  • 全日本選手権で上位入賞
  • 2025年アジア冬季競技大会に出場

2025年のハルビン冬季アジア大会では、スロープスタイル、ビッグエアの両種目で5位に入っています。

2024年の全日本選手権では、姉の心音さんがスロープスタイルとビッグエアの2種目で優勝し、妹の叶音さんも両種目で3位となりました。

姉妹そろって同じ大会の表彰台に立ったこともあり、競技一家である近藤家を象徴する結果となっています。

2026年8月に心音さんが代表チーム内での問題について発信した際には、同じ競技を続ける妹にも同様のことが起きるのではないかという懸念も示していました。

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近藤心音の経歴は?

近藤心音さんは長野県白馬村で育ち、幼い頃からスキーが日常の一部となっていました。

  • 名前:近藤心音
  • 読み方:こんどう ここね
  • 生年月日:2003年2月19日
  • 年齢:23歳
  • 出身地:長野県白馬村
  • 競技:フリースタイルスキー
  • 種目:スロープスタイル・ビッグエア
  • 所属:オリエンタルバイオ

大きな転機となったのは小学5年生のときでした。

冬季競技のトップ選手を育成する「SWANプロジェクト」の選抜テストに合格し、将来の目標としてオリンピック出場を掲げるようになります。

そこから本格的に競技選手として世界を目指す生活が始まりました。

  • 2018年:世界ジュニア選手権スロープスタイル3位
  • 2020年:FIS尾瀬戸倉大会スロープスタイル優勝
  • 2020年:同大会ビッグエア優勝
  • 2021年:世界選手権スロープスタイル9位
  • 2021年:W杯スロープスタイル7位
  • 2022年:北京冬季五輪日本代表
  • 2024年:全日本選手権スロープスタイル優勝
  • 2024年:全日本選手権ビッグエア優勝
  • 2026年:ミラノ・コルティナ冬季五輪日本代表
  • 2026年6月:現役引退を発表

五輪には2大会連続で日本代表に選出されるほどの実力を持っていましたが、2大会とも本番直前に大きなケガを負うことになります。

近藤心音の学歴は?

近藤心音さんは長野県白馬村で学校生活を送りながら、世界を目指して競技を続けました。

  • 中学校:白馬村立白馬中学校
  • 高校:長野県白馬高等学校
  • 最終学歴:NHK学園高等学校

白馬中学校を卒業後、地元の白馬高校へ進学しています。

その後、競技や国内外への遠征との両立などからNHK学園高等学校へ移り、同校を卒業しました。

JOCの公式プロフィールでも最終学歴はNHK学園高等学校と記載されています。

10代から世界大会や海外遠征が続いており、学業とトップレベルの競技生活を並行していたことになります。

近藤心音が現役引退した理由は?

近藤心音さんが現役引退を決めた背景には、度重なる大ケガに加えて、代表チーム内で感じていた精神的な負担があったことを本人が明かしています。

2026年6月8日、ミラノ・コルティナ五輪を最後に約12年間続けてきた競技生活を終え、選手を引退することを発表しました。

北京五輪では右膝を大ケガ

近藤心音さんは2022年北京冬季五輪の日本代表に選出されました。

しかし大会期間中の公式練習で転倒し、右膝を負傷します。

前十字靱帯や半月板などを損傷する大ケガとなり、スロープスタイルとビッグエアの両種目を欠場しました。

初めてつかんだオリンピック代表でしたが、競技本番のスタートラインに立つことはできませんでした。

その後は手術や長期間のリハビリを乗り越え、再び世界の舞台へ復帰しています。

ミラノ五輪では左膝を負傷

4年後の2026年、近藤心音さんは再びオリンピック日本代表の座をつかみます。

しかし2月5日の公式練習中に転倒し、今度は左膝を大きく負傷しました。

前十字靱帯と内側側副靱帯の損傷に加え、半月板や骨にもダメージがある重傷でした。

それでも心音さんはすぐに出場を諦めず、スロープスタイルの競技直前まで出場するための準備を続けました。

最終的にはスロープスタイルを棄権し、ビッグエアも欠場。

2大会連続で日本代表に選ばれながら、いずれも大ケガによって五輪本番で滑ることができませんでした。

いじめやパワハラも引退理由だった?

2026年8月24日、近藤心音さんは自身のSNSで、競技生活中に受けたとするいじめや嫌がらせ、パワハラについて明かしました。

  • 複数の選手から無視などの嫌がらせを受けたと主張
  • 集団から外されるような行為があったと説明
  • SNS上でも誹謗中傷を受けたと主張
  • 一部には選手・コーチ・トレーナーなど身近な関係者もいたと説明
  • 五輪期間中に代表帯同トレーナーからパワハラを受けたと主張
  • 海外遠征中にも強いストレスを感じていたと説明

心音さんは世界選手権での棄権やミラノ五輪欠場をめぐり、SNS上で誹謗中傷を受け、その一部には以前から親しいと感じていた競技関係者も含まれていたと訴えています。

海外遠征中には複数の選手から無視などの嫌がらせを受けていたとも説明しました。

五輪期間中のトレーナー対応も告発

近藤心音さんは、ミラノ・コルティナ五輪期間中の代表帯同トレーナーによる対応についても問題を訴えています。

左膝を負傷し、最終的に競技への出場を断念した後、代表帯同トレーナーから治療をしてもらえなかったと主張しました。

一方、最後まで出場を目指して治療やケアをしてくれたJOC帯同のドクターやトレーナーに対しては感謝を伝えています。

同じ「トレーナー」でも、近藤さんが問題を訴えている人物と、支えてくれたJOC関係者は別の立場として説明されています。

「ここに居たら心が死ぬ」と感じ引退

近藤心音さんは今回の発信で、引退を決めた背景についても詳しく説明しています。

引退の理由は膝のケガだけではなく、代表チームを取り巻く環境の中で精神的にも追い込まれていたとしています。

  • 2大会連続となった五輪直前の大ケガ
  • 長期間にわたるリハビリや身体的負担
  • 選手らから受けたとする嫌がらせやいじめ
  • SNSでの誹謗中傷
  • 帯同トレーナーから受けたとするパワハラ
  • 代表チーム内で感じていた精神的な負担

こうした複数の出来事が積み重なり、その環境に身を置き続ければ精神的に耐えられなくなると感じ、競技から離れる決断につながったと説明しています。

そのため、近藤心音さんの引退を単純に「膝の負傷が原因」とだけ捉えることはできません。

パワハラをした人物は誰?

近藤心音さんは問題となった選手やコーチ、トレーナーについて、自身は誰なのか把握しているとしています。

一方、2026年8月25日時点で実名は公表していません。

そのため、特定の日本代表選手やスタッフが問題行為の当事者だったと確認されているわけではありません。

本人の発信から明らかになっているのは、複数の選手、コーチ、トレーナーなど競技関係者の一部について問題を訴えているという範囲です。

スキー連盟はどう対応する?

近藤心音さんの発信を受け、競技団体側の今後の対応にも注目が集まっています。

全日本スキー・スノーボード連盟には、ハラスメントやコンプライアンス違反に関する相談・通報窓口が設置されています。

連盟側は8月24日時点で、近藤さんからこの窓口を通じた相談は確認されていないと説明しました。

そのうえで、窓口などを通じて問題が出てきた場合には対応する考えを示しています。

近藤さん自身は過去の関係者を批判することだけが目的ではなく、今後の日本のフリースキー界をより良い環境にしたいという思いから発信したと説明しています。

妹の叶音さんをはじめ、これから世界を目指す若い選手たちが安心して競技に取り組める環境を求める意味もあるようです。

近藤心音は引退後どうする?

近藤心音さんは競技選手としての活動には区切りをつけましたが、スキーそのものから完全に離れるわけではありません。

引退発表では今後もプロとして活動しながら、自身の経験を生かした指導者の道も視野に入れていることを明かしています。

幼い頃から家族とともに取り組み、約12年間トップレベルの競技生活を送ってきた経験は、次世代の育成にも生かされることになりそうです。

まとめ

近藤心音さんは、家族全員がスキーに深く関わる環境で育ち、2大会連続で冬季五輪の日本代表に選ばれました。

  • 父親・近藤信さんは日本のフリースキー界で活躍してきた人物
  • 母親・近藤聖子さんは元モーグル選手
  • 妹・近藤叶音さんもフリースタイルスキー選手
  • 白馬中学校から白馬高校へ進学
  • 最終学歴はNHK学園高等学校
  • 小学5年生から本格的に競技を開始
  • 北京・ミラノと2大会連続で五輪代表
  • 北京五輪では右膝、ミラノ五輪では左膝を負傷
  • 2大会とも五輪本番には出場できなかった
  • 2026年6月に23歳で現役引退
  • 8月に代表チーム内のいじめやパワハラを受けたと告発
  • ケガだけでなく精神的な負担も引退を決めた背景にあったと説明

選手としての競技生活には区切りをつけましたが、今後はこれまでの経験を生かし、プロ活動や指導者としてスキーに関わっていくことも考えています。

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