映画「君の名は」などで知られる女優・岸惠子さんが、2026年8月7日に93歳で亡くなりました。
日本映画界を代表する女優として活躍する一方、フランス人映画監督との国際結婚や一人娘、2人の孫など、その家族にも注目が集まっています。
岸惠子さんの夫や子供・孫などの家族構成、家族とのエピソード、経歴・代表作や死因についてまとめます。
岸惠子の夫や子供・孫など家族構成は?
岸惠子さんはフランス人映画監督のイヴ・シャンピさんと結婚し、一人娘をもうけています。その娘には2人の息子がおり、岸さんには孫が2人います。
- 元夫:イヴ・シャンピさん
- 子供:娘が1人
- 娘:デルフィーヌ・麻衣子さん
- 孫:ロスコーさん、ジャクソンさん
岸さんは長年フランスと日本を行き来する生活を送り、娘や孫たちも海外を拠点に生活してきました。
夫はフランス人映画監督のイヴ・シャンピ
岸惠子さんの元夫は、フランス人映画監督のイヴ・シャンピさんです。
2人の出会いにつながったのは、日仏合作映画「忘れえぬ慕情」でした。
当時、岸さんは「君の名は」などで人気絶頂にあった日本を代表する女優。
それでも1957年、24歳でイヴ・シャンピさんとの結婚を決断し、フランスへ渡りました。
現在のように海外旅行が一般的ではなかった時代であり、岸さん自身も後年、祖国を離れるほどの覚悟でフランスへ向かったことを振り返っています。
結婚後も日本での女優活動を続け、フランスと日本を往復する生活を送っていました。
しかし、結婚から約18年後の1975年に離婚しています。
子供は一人娘のデルフィーヌ・麻衣子
岸惠子さんとイヴ・シャンピさんの間には、一人娘がいます。
名前はデルフィーヌ・麻衣子さんです。
1963年5月23日に誕生しており、岸さんが30歳の頃に授かった娘でした。
岸さんにとって唯一の子供であり、後年のインタビューや著書でも娘についてたびたび語っています。
2020年には、娘の麻衣子さんがパリで暮らしていることも紹介されていました。
孫はロスコーとジャクソンの2人
岸惠子さんには、娘の麻衣子さんを通じて2人の孫がいます。
- ロスコーさん
- ジャクソンさん
初孫のロスコーさんは2000年5月28日に誕生しています。
家庭画報では、幼いロスコーさんを岸さんが抱く写真や、娘の麻衣子さん、孫のジャクソンさん、ロスコーさんが一緒に写った家族写真も紹介されていました。
岸惠子と家族のエピソードは?
岸惠子さんは仕事では凛とした国際派女優として知られていましたが、娘や孫との間には温かな家族エピソードが数多く残されています。
娘がお腹にいた頃に作った服を85歳で着用
2017年に開催されたスペシャルトークショーでは、岸さんが銀色のワンピース姿で登場しました。
実はこのワンピースは、娘の麻衣子さんがまだお腹にいた頃に仕立てたという思い出深い一着でした。
50年以上の時を経て、その服を身にまとってステージに立ったことになります。
さらに、この日の公演には娘と2人の孫も訪れており、岸さんの舞台を客席から見守っていました。
免許返納のきっかけは娘の一言
岸惠子さんは83歳の時に運転免許証を返納しています。
きっかけの一つとなったのが、娘から受けた車庫入れのチェックでした。
岸さん自身は問題なく車庫入れができたと思っていましたが、娘から普段より切り返しが増えていたことを指摘されたといいます。
娘から安全を考えて免許返納を勧められ、岸さんも決断しました。
年齢による変化を家族が指摘し、岸さん自身もその言葉を受け入れたエピソードでした。
90歳の舞台では孫2人にエスコートされ登場
2022年8月、90歳を迎えた岸惠子さんはスペシャルトークショー「いまを生きる」を開催しました。
そのステージに登場する際、岸さんをエスコートしたのが孫のロスコーさんとジャクソンさんでした。
岸さんは観客に向けて2人を自身の孫だと紹介。
90歳という大きな節目の舞台を、娘から生まれた2人の孫が支える印象的な場面となりました。
離れて暮らす娘や孫を大切にしていた
岸さんは横浜を生活拠点とする一方、娘や孫は海外で生活していました。
2020年には新型コロナウイルスの影響でフランスへ行くことができず、娘や孫とも会えない状況が続いていました。
当時、パリに所有していた自宅についても、娘の麻衣子さんがリフォームし、その様子を写真で岸さんに伝えていたといいます。
日本とフランスという距離はありながらも、長年にわたって家族とのつながりを大切にしていたことがうかがえます。
岸惠子の経歴は?
岸惠子さんは1951年に映画デビューし、その後70年以上にわたり女優・作家など幅広い分野で活動してきました。
- 名前:岸惠子
- 読み方:きし けいこ
- 生年月日:1932年8月11日
- 出身地:神奈川県横浜市
- 職業:女優、作家
- 映画デビュー:1951年
- 死去:2026年8月7日
- 享年:93歳
岸さんは1951年に松竹専属となり、「我が家は楽し」で映画デビューしました。
1953年から1954年に公開された「君の名は」3部作が大ヒットし、国民的人気女優となります。
その後も「女の園」「雪国」「おとうと」「黒い十人の女」「約束」「細雪」など、日本映画史に残る数多くの作品に出演しました。
1957年には24歳でイヴ・シャンピさんと結婚してフランスへ渡り、女優として日本で活動しながらパリを拠点とする生活を続けます。
女優だけでなく作家、ジャーナリストとしても活動し、世界各地での経験を文章として残しました。
2004年には旭日小綬章、2011年にはフランス政府から芸術文化勲章コマンドールを受章しています。
12歳で横浜大空襲を経験
岸惠子さんの人生に大きな影響を与えた出来事の一つが、1945年5月29日の横浜大空襲です。
当時12歳だった岸さんは空襲の中を生き延びました。
防空壕に入るよう言われたものの、危険を感じて外へ飛び出し、その後、防空壕が被害を受けたことを知ったといいます。
岸さんはこの経験について、子供でいることをやめようと思ったほどの出来事だったと後年振り返っています。
その後、戦争や世界情勢について積極的に発言し続けた背景にも、幼少期の体験がありました。
女優だけでなく作家としても活躍
岸惠子さんは長年の海外生活や世界各地を訪れた経験を生かし、執筆活動にも取り組みました。
代表的な著書には、
- 「巴里の空はあかね雲」
- 「ベラルーシの林檎」
- 「風が見ていた」
- 「わりなき恋」
- 「愛のかたち」
- 「孤独という道づれ」
- 「岸惠子自伝 卵を割らなければ、オムレツは食べられない」
などがあります。
女優という枠に収まらず、世界を自分の目で見て文章にする作家としても評価されていました。
岸惠子の代表作は?
岸惠子さんは映画黄金期から平成まで、数多くの名作に出演しています。
主な代表作は以下の通りです。
- 「我が家は楽し」
- 「君の名は」シリーズ
- 「女の園」
- 「雪国」
- 「おとうと」
- 「黒い十人の女」
- 「約束」
- 「悪魔の手毬唄」
- 「細雪」
- 「かあちゃん」
- 「たそがれ清兵衛」
なかでも岸さんの名前を全国区にした作品が「君の名は」です。
岸さんはヒロインの氏家真知子を演じ、佐田啓二さんと共演。
劇中で見せたストールの巻き方は「真知子巻き」と呼ばれ、当時大きなブームとなりました。
1960年公開の市川崑監督「おとうと」ではブルーリボン賞主演女優賞などを受賞。
2001年公開の「かあちゃん」では日本アカデミー賞最優秀主演女優賞に輝き、年齢を重ねても第一線で活躍する実力派女優として高く評価されました。
岸惠子の死因は?
岸惠子さんは2026年8月7日に亡くなりました。
93歳でした。
1932年8月11日生まれのため、94歳の誕生日を迎える4日前のことでした。
訃報では、死因は老衰と伝えられています。
岸さんは晩年まで年齢を重ねることや死について率直に語っていました。
2022年のインタビューでは、幼い頃から死というものを意識してきたことを明かしながらも、先のことばかりを考えるのではなく、今を生きることの大切さを語っています。
90歳を迎えた同年のトークショーでも、過去から続く現在を一生懸命生きることが未来につながるという思いを観客に伝えていました。
まとめ
今回は、岸惠子さんの夫や子供・孫などの家族構成、家族エピソード、経歴・代表作や死因についてまとめました。
- 元夫はフランス人映画監督のイヴ・シャンピさん
- 1957年に結婚し、1975年に離婚
- 一人娘はデルフィーヌ・麻衣子さん
- 孫はロスコーさんとジャクソンさんの2人
- 90歳のトークショーでは孫2人にエスコートされて登場
- 免許返納を決断する際には娘からの助言もあった
- 1951年に「我が家は楽し」で映画デビュー
- 「君の名は」「雪国」「おとうと」「細雪」「かあちゃん」など多くの代表作を残した
- 2026年8月7日に93歳で死去
- 死因は老衰と伝えられている
人気絶頂の中でフランスへ渡り、女優、作家、ジャーナリストとして自らの道を歩み続けた岸惠子さん。
その一方で、娘や孫を大切にする母、祖母としての姿も数多く伝えられていました。
昭和から令和まで長く日本映画界を支えた岸惠子さんの作品や言葉は、これからも多くの人の記憶に残り続けることでしょう。


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