安達結希さんは3月23日に何があった?遺留品や隠し場所の謎・父親の殺害供述を整理

安達結希さんの事件は、父親の逮捕で大きく動きました。

いま気になっているのは、3月23日に何があったのか、遺留品がなぜ別々に見つかったのか、そして遺体はどこに隠されていたのか、このあたりではないでしょうか。

父親は死体遺棄容疑で逮捕され、その後は殺害も認める供述をしていると報じられています。

ここでは、3月23日の流れを軸にしながら、遺留品や隠し場所をめぐる違和感まで整理します。

目次

安達結希さんは3月23日に何があった?

まず大きいのは、京都府警が、結希さんについて3月23日朝までは生存を確認していると説明している点です。

一方で、どの時点をもって生存確認としたのか、その詳しい方法までは明らかにしていません。

また、京都府警の行方不明者情報では、結希さんは3月23日午前8時ごろ、園部小学校付近で車を降りて以降、所在不明になったとされています。

この「朝までは生存確認」と「午前8時ごろに車を降りた」という2つの情報が、いまの時点で確認できる出発点になっています。

ただ、3月23日の朝以降に何があったのかは、まだ空白のままです。

この時間帯が、事件全体のいちばん大きな分岐点になっています。

3月23日の流れを時系列で見ると

現時点で見えている流れをまとめると、こうなります。

  • 3月23日朝までは生存確認
  • 同日午前8時ごろ、小学校付近で車を降りたとされる
  • その後、所在不明になる
  • 4月13日に山林で遺体が発見される
  • 4月16日に父親が死体遺棄容疑で逮捕される

この中でも、3月23日朝からその後の足取りがまだ埋まっていないため、そこに注目が集まっています。

遺留品はなぜ別々に見つかった?

今回かなり引っかかるのが、遺体だけでなく、かばんや靴も別々に見つかっていることです。

報道では、通学用かばんが先に見つかり、その後に靴、さらに遺体が見つかった流れが伝えられています。遺体の発見場所は、小学校から南西およそ2キロの山林でした。

さらに、遺体は靴を履いておらず、靴下は着用していたと報じられています。

この点は、読んでいてかなり違和感が残るところです。

遺留品が一か所にまとまっていないことで、途中で場所を変えたのではないか、意図的に動かしたのではないかと感じる人が多いのも無理はありません。

かばん・靴・遺体の位置関係が気になる

現時点で、遺留品の細かい位置関係まではすべて公表されていません。

ただ、かばん、靴、遺体が別々に見つかったという流れそのものは、複数の大手報道で共通しています。

そのため、「かく乱するように置かれたのでは」と受け止める声が出るのも自然です。

とはいえ、そこはまだ警察が断定している話ではありません。

いまは、位置関係に強い違和感が残っている段階と見ておくのが近そうです。

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遺体の隠し場所はどこだったのか

ここも、いまかなり注目されている部分です。

父親については、遺体を一か所ではなく、南丹市内の数か所に動かした疑いがあると報じられています。

つまり、最終的に見つかった山林が、最初から遺体があった場所とは限らないということです。

逮捕容疑では、3月23日朝ごろから4月13日夕方ごろまでの間に、南丹市内の山林に遺体を運び、遺棄した疑いとされています。

この内容を見ると、山林で見つかったという事実だけで終わらず、その前に別の場所で隠されていた可能性も強く意識されます。

山林は発見場所であって最初の場所とは限らない

遺体が見つかった山林については、埋められていた形跡はなく、外から見つかる状態だったとも伝えられています。

そうなると、長くその場に置かれていたのか、それとも途中で運ばれたのかが気になってきます。

父親が遺体を動かした趣旨の説明をしているとされる以上、隠し場所が一か所ではなかった可能性はかなり大きそうです。

父親は何を供述している?

4月16日、父親の安達優季容疑者は死体遺棄容疑で逮捕されました。

供述では「私のやったことに間違いありません」と話し、容疑を認めていると報じられています。

そのうえで、結希さんを殺害したことについても認める供述をしていると大手報道で伝えられています。

ここは、この事件がさらに重く受け止められるようになった部分でした。

ただし、逮捕容疑そのものは現時点では死体遺棄です。

また、司法解剖では死亡は3月下旬ごろとみられ、死因は不詳、大きな刺し傷は確認されていないとも報じられています。

殺害を認める供述がある一方で、どう亡くなったのかの細部はまだ見えていません。

共犯者についてはどう見られている?

この点については、京都府警が共犯者はいないという趣旨で説明していると大手各社が報じています。

そのため、いまの段階では共犯者の存在を前へ出すより、単独とみられる中で、なぜ遺留品や遺体が複数地点に動いたのかに注目が集まっています。

とはいえ、単独とみられているからこそ、遺留品の分散や隠し場所の動き方に違和感が残るのも事実です。

そこが、この事件の気になる点として強く残っています。

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いま残っている疑問

ここまでの報道を見ても、まだはっきりしていない部分は少なくありません。

気になる点を挙げると、主にこのあたりです。

  • 3月23日朝のあと、結希さんに何があったのか
  • 亡くなったのが3月23日当日なのか、その後なのか
  • 遺体はどの順番でどこに動かされたのか
  • かばんや靴が見つかった場所にどんな意味があるのか
  • 殺害を認める供述と死因不詳がどうつながるのか

死亡時期は3月下旬ごろとされていて、3月23日朝まで生存確認という説明とも重なります。

ただ、その間のどこで何が起きたのかは、まだ埋まっていません。

まとめ

  • 京都府警は、安達結希さんが3月23日朝までは生存していたと説明している
  • 行方不明者情報では、同日午前8時ごろに小学校付近で車を降りた以降、所在不明とされている
  • 通学用かばん、靴、遺体が別々に見つかっており、位置関係に違和感が残る
  • 父親は死体遺棄容疑で逮捕され、殺害も認める供述が報じられている
  • 遺体は一か所ではなく、南丹市内の数か所に動かされた可能性がある
  • 共犯者はいないという趣旨の説明も出ている
  • 死因は不詳で、事件の全体像はなお捜査中

3月23日の朝に何があったのか。

その一点に、いま見えている違和感の多くがつながっているように見えます。

遺留品や隠し場所の動き方まで含めて、まだ見えていない部分はかなりあります。

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