YouTubeショートの「実家の父親あるある」や北海道なまり全開のコントでじわじわ人気を集めているお笑い芸人・あとむさん。
「このお父さん、うちにもいる…」と共感してしまう人も多いのではないでしょうか。
この記事ではあとむさんのプロフィールや経歴・学歴・本名・出身地・生い立ちや家族のこと、印象的なエピソードまでを分かりやすくまとめていきます。
【芸人】あとむとは
あとむさんは、吉本興業・東京本社所属のピン芸人でYouTubeチャンネル「アトム」でコント動画を発信しているお笑い芸人です。
北海道の方言を活かした「父親・おじさんあるある」コントがSNSで話題となり
- YouTube登録者数は約20万人
- ショート動画を中心に総再生回数は1億回を超える
などいま注目度が一気に高まっている若手芸人の一人です。
さらに地元・北海道和寒町の「ふるさと応援大使(観光大使)」第1号にも就任しておりコントを通じて地元の魅力も発信しています。
プロフィール
- 名前:あとむ
- 本名:東 吾人夢(あずま あとむ)
- 生年月日:1993年2月10日(32歳/2025年時点)
- 出身地:北海道上川郡和寒町
- 身長:177cm
- 血液型:B型
- 方言:北海道弁
- 所属:吉本興業 東京本社
- 出身養成所:NSC東京校20期
- 趣味:プロ野球観戦(巨人ファン)、サッカー(FC東京)、サウナ、裁判傍聴、エゴサーチ、草野球(自称「芸人界No.1イップス」)
- 特技:ロウリュウ(都内有名サウナで熱波師)、ポスティング(大会で日本一)、街で芸能人を見つけること
実家は喫茶店を営んでおりあとむさん自身も「実家の父親」像をコントのベースにしていると語られています。
ネタの中に出てくる“ちょっと不器用だけど愛情深い父親”の雰囲気はこのバックボーンがあってこそという印象です。
経歴
コンビ時代〜ピン芸人へ
- 2014年:東京NSC20期として芸人活動をスタート
- 同年、えいながチョコレートかずひろ(永長和大)さんとお笑いコンビ「サンジェルマン」を結成
- 『キングオブコント』準々決勝進出などコントを中心に活動
- 2022年:「サンジェルマン」解散
コンビ解散後はピン芸人として主に神保町よしもと漫才劇場などのライブシーンで活動を続けながら
徐々にSNS・YouTubeでの発信にも力を入れていきます。
ユニットでのM-1挑戦
ピンでの活動と並行してユニットを組んでM-1グランプリにも挑戦しています。
- 2023年:鈴木バイダンさんとユニット 「みんなどんなかんじ」 を結成しM-1に出場
- 2024年:たくみさん(元ナミダバシ)とユニット 「東鈴木」 を組みこちらもM-1グランプリに応募
ピン芸人でありながらコンビ・ユニットという形でも漫才に挑戦し続けているところに
「とにかく現場で芸を磨きたい」という真面目さがにじんでいます。
YouTube「アトム」と“道産子おじさん”のバズ
- 2020年代半ばからYouTubeショートや各種SNSに投稿したおじさんキャラのショート動画が一気にバズる
- 特に北海道弁でまくしたてる「実家の父親」「道産子おじさん」のコントが話題となり
- 北海道ローカル番組などでも特集
- その活躍を受けて和寒町の「ふるさと応援大使(観光大使)」第1号に委嘱
芸人としての活動と地元・和寒町への貢献がうまく結びついた形になっています。
学歴
あとむさんの学生時代は野球と“遠回り気味”な進路選択が大きなポイントになっています。
- 中学まで:地元・和寒町で育ち実家の喫茶店と野球中心の毎日
- 小中学校時代:エースピッチャーとして活躍(野球経験は約9年間)
- 高校:旭川明成高等学校に「野球特待生」として進学
しかし、高校でイップス(精神的な要因で思うように投げられなくなる状態)を発症し投球がうまくいかなくなってしまいます。
その結果、選手からスコアラーへと役割を変えざるを得ず悔しさを抱えながらもチームを支える立場に回りました。
高校卒業後は同系列の旭川医療秘書専門学校に進学しますが、「本当にやりたいことをやろう」という思いが強くなり途中で中退。
アルバイトをしながら上京資金を貯め2014年にNSC東京校へ入学しています。
この“少し遠回りした進路”は、あとむさんのネタにも見られる「人生の含み」や「どこか哀愁のある雰囲気」にもつながっているように感じられます。
本名・年齢・出身・生い立ち
本名・年齢
- 本名:東 吾人夢(あずま あとむ)
- 生年月日:1993年2月10日
- 年齢:32歳(2025年時点)
「吾人夢」という漢字も含めてとても印象的な本名ですよね。
芸名の“あとむ”は、本名そのものから来ており親御さんの名付けのセンスや思い入れも感じられます。
出身・生い立ち
- 出身地:北海道上川郡和寒町(わっさむちょう)
- 人口約3,000人ほどの小さな町で冬の寒さが厳しい地域
- 実家は喫茶店を営んでおりカウンター越しの会話や常連さんとのやり取りなど、「人との距離感」を肌で感じながら育った環境
少年時代はラジオ(特に、くりぃむしちゅーの深夜ラジオ)に強く影響を受け「しゃべりで人を笑わせる仕事」に憧れを持つようになったと言われています。
「道産子おじさん」コントで描かれる少し不器用だけど愛情深い父親像や地方の実家ならではの空気感は、
こうした生い立ちから自然とにじみ出ているのかもしれません。
家族構成
家族構成そのもの(兄弟姉妹の有無など)は現時点では公表されていません。
ただ
- 実家が喫茶店を経営していること
- コントの多くに「父親」「実家」「帰省」といったモチーフが登場すること
から家族との距離感や地元での記憶が芸風に大きく影響しているのは間違いなさそうです。
YouTubeの「実家の父親あるある」シリーズでは、多くを語らないけれどふとした一言や行動に優しさがにじむ父親像や
実家に帰るたびに少し小さく見えていく父親の姿が描かれており
あとむさん自身の家族への思いもどこか重なっているように感じられます。
あとむの魅力が伝わるエピソード
あとむさんの人柄やお笑いに向き合うまっすぐさが伝わってくる印象的なエピソードをいくつか紹介していきます。
① 「実家の父親」ネタがバズる
あとむさんを一気に広く知らしめたのがYouTubeショートの「実家の父親あるある」シリーズ。
- 「実家に帰るたびに小さくなる父親」
- 「年代別 父親からの嬉しい報告」
- 「犬にだけ優しい父親」
といったネタが「リアルすぎて泣きそう」「うちの父親そのまんま」といった声と共に拡散されています。
北海道弁のイントネーションとちょっとした間の取り方が本当に“どこかにいそうなお父さん”そのものなんですよね。
② 北海道なまりで“道民共感”
北海道ローカルの番組やネット記事でも
「北海道なまりに共感が集まっている」
「道産子おじさんYouTuber」
と紹介されており道民からの支持の高さもうかがえます。
同じ北海道出身の人が見ると「あの言い方、うちの父・近所のおじさんそのまま」と思わず笑ってしまう人も多いはずです。
方言やイントネーションをあえて隠さず武器にしているところもあとむさんならではの魅力ですね。
③ 野球特待&イップスの経験
学生時代、あとむさんは小中学校の9年間エースピッチャーとして野球に打ち込んでいたそうです。
その実力を認められ旭川明成高等学校には野球特待生として進学。
しかし、高校でイップスを発症し投球が思うようにいかなくなってしまいやむなくスコアラーへと転身しました。
吉本の公式プロフィールにある「草野球(芸人界No.1イップス)」という自己紹介はこの高校時代の経験を踏まえた自虐まじりのネタでもあります。
うまくいかなかった過去を笑いに変えている感じが現在のネタに漂う「不器用さ」や「哀愁」にも重なって見えます。
④ 専門学校中退〜上京までの“遠回り”
高校卒業後、あとむさんは同系列の旭川医療秘書専門学校に進学しますが「本当にやりたいことをやろう」という思いから中退。
アルバイトで上京資金を貯め、改めて芸人を目指してNSC東京校に入学しました。
一度は“安定した道”に進みかけながらもそこから自分のやりたいことへ舵を切った経験が
「父親・おじさん世代」の人生を少し斜めから見つめる視点につながっているようにも感じられます。
⑤ 地元・和寒町のふるさと応援大使に
「道産子おじさん」ネタでの活躍が評価され和寒町の「ふるさと応援大使」第1号に就任。
町長から委嘱状が手渡される様子は町の広報やテレビ番組でも紹介されました。
自分のルーツである北海道・和寒町をお笑いとSNSの力でPRしているという意味でも
あとむさんの活動には“地元への恩返し”という大きな役割があると言えそうです。
まとめ
- あとむさんは、吉本興業所属のピン芸人でYouTubeチャンネル「アトム」でコントを発信している
- 本名は東 吾人夢(あずま あとむ)、1993年2月10日生まれの32歳(2025年時点)
- 北海道上川郡和寒町出身で実家は喫茶店。少年時代からラジオと野球に熱中して育った
- 小中学校でエースピッチャーとして活躍し旭川明成高校へ野球特待で進学するもイップスをきっかけにスコアラーへ転身
- 旭川医療秘書専門学校を中退し「本当にやりたいこと」を選んで上京。2014年にNSC東京校へ
- コンビ「サンジェルマン」を経て解散後もユニット「みんなどんなかんじ」「東鈴木」でM-1に挑戦するなどライブシーンで芸を磨き続けている
- 北海道弁のおじさんキャラによる「実家の父親あるある」「道産子おじさん」系ショート動画がSNSでバズり和寒町のふるさと応援大使第1号にも就任
野球での挫折や遠回りした進路、そして小さな町の喫茶店で育った経験が今の“道産子おじさんコント”の深みにつながっているあとむさん。
これからテレビや配信番組への露出が増えていけば「あの北海道なまりのお父さん芸人」としてさらに多くの人の心に残る存在になっていきそうです。





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