令和ロマンの高比良くるまさんって、しゃべりが速いのになぜか置いていかれないんですよね。
言葉が鋭い場面があっても、あとにトゲだけが残りにくい。
その“しゃべりの強さ”は、才能だけでなく子どもの頃の環境で磨かれてきたものにも見えてきます。
くるまさんが語ってきた生い立ちの話は、家族の形も家の空気もかなり濃いです。
結論:高比良くるまの観察と切り替えが今のしゃべりを作った
くるまさんの芸風は、勢いで押し切るというより
- 相手の表情や空気の変化を拾う
- 今ここで一番効く言葉を選ぶ
- 言い切りすぎず、余白を残して着地させる
この“判断の速さ”で場を動かしている印象があります。
その根っこにあるのが、幼い頃から「周りを見て動く」ことが必要になりやすい環境と、もともとの“しゃべり続ける気質”。
この2つが噛み合って、今の強さになっていったように見えます。
高比良くるまとは|令和ロマンのツッコミで、言葉が武器の人
髙比良くるまさんは、お笑いコンビ「令和ロマン」のメンバー。
会話の情報量が多く言葉の組み立てが速いのが特徴で、トークでも漫才でも“言語化の強さ”が目立つ人として知られています。
相方との掛け合いの中でも、くるまさんは「言葉で場のハンドルを握る側」にいることが多く、そこが魅力になっています。
高比良くるまの生い立ちが「すごい?」と言われる理由
くるまさんの生い立ちが注目されるのは、家庭の形や暮らしの空気が「子どもには濃すぎる」くらい独特だったからです。
二人の「お父さん」と名字の変化
くるまさんの生い立ちで、特に印象に残りやすいのがこの話です。
くるまさんには「二人のお父さん」がいて、幼稚園の頃に母親が再婚したと語られています。
- 幼稚園の頃までは「ファーストお父さん」がいた
- その後、母親が再婚し「セカンドお父さん」との生活が始まった
- それに伴って、名字が「斎藤」から「高比良」に変わった
さらに、名字が変わったときの“子どもらしい記憶”が、くるまさんらしくて面白いんですよね。
文房具に書いてある「斎藤」をマジックで消して、「高比良」と書き直していく。
その状況を子どもながらに「面白い」と感じて、ひとりで笑っていたそうです。
名字が変わる出来事を悲しさとして語るより、ちょっと引いた目線で眺めて笑いに変える。
この距離感が、今の芸風の“客観性”にもつながっているように見えます。
同居の形が独特で家の空気が濃い
もう一つ大きいのが、同居していた家族の構成です。
ひいおばあちゃん、おばあちゃん、おばあちゃんの弟(大叔父)と一緒に暮らしていたという話が出ています。
子どもが暮らす空間としては、出来事も会話も情報量が多くなりやすいですよね。
家の中の空気が一定じゃない日があっても不思議ではありません。
おばあちゃんの存在と早い段階の危機感
同居していたおばあちゃんについて、くるまさんは「地元で目立つ存在だった」といった趣旨で語っていて、
警察沙汰になるようなこともあった、という話が出ています。
その影響もあって、くるまさんは幼少期に
「このままだと同級生にいじめられるのは確定だ」
と危機感を抱いたそうです。
この“早すぎる危機感”が、くるまさんのしゃべりに直結していく部分でもあります。
相手の顔色を見て、空気が悪くなる前に手を打つ。
笑わせることで居場所を作る。
言葉が「武器」になっていく流れが、ここで育ったように見えます。
テレビが切り替えのスイッチだった
家の中が落ち着かないとき、くるまさんが頼ったものとして語られているのがテレビです。
テレビの音量を上げて、周囲の音を遠ざけるようにしていたという話が出ています。
中でも『踊る!さんま御殿!!』は象徴的で、あのテンポや音の強さが“別の音をかき消してくれる感覚”だったそうです。
笑いが「楽しみ」でもあるけど、それ以前に「気持ちを守る壁」でもあった。
この感覚が、後の“しゃべりの原点”になっていきます。
高比良くるまの幼少期エピソード
ここからは、くるまさんがもともと持っていた“しゃべりの強さ”や性格がエピソードで一気に立体的になります。
「お笑いモンスター」みたいにずっとしゃべっていた
ここからは、くるまさんの“子どもとしての輪郭”が見える話です。
一言で言うと「おしゃべりで落ち着かない、自由な子ども」だったようです。
幼稚園の頃から「お笑いモンスター」っぽい兆しがあったという話があり、
小学校の通知表にも3学期すべてで一貫して「落ち着きがない」趣旨のことが書かれ続けたというエピソードがあります。
黙って合わせるより、言葉で場を作る方が自然だった。
今の“しゃべりの強さ”の根っこは、ここにあるのかもしれません。
運動神経はゼロ野球で3年間ヒット0本
本人いわく、運動神経は「ゼロ」。
小学校4年生から6年生まで野球チームに入っていたものの、3年間でヒットが1本も打てなかったそうです。
身体のコントロールが苦手で、転んだときに受け身が取れず大怪我をした、という話も出ています。
体で勝てないなら、別の武器を伸ばす。
そういう方向に寄っていったとしても不思議じゃないですよね。
食べるのが好きで好物の記憶がはっきりしている
幼少期から「結構食べる子」だったという話もあります。
特に好きだったのが、
- お餅に明太子とチーズを和えたもの
- 正月の海苔餅
こういう話が入ると、家庭の空気が少し柔らかく見えてきます。
ギュッと詰まった環境の中にもちゃんと温度がある感じがするんですよね。
母の教育は「勉強しなくていい」寄りで自由に育った
母親から「勉強しなくていい」と言われていたという話も印象的です。
高田馬場の自由な保育園に通っていたというエピソードもあり、やりたいことを自由にさせてもらえる空気があったようです。
くるまさんが芸人の道を選んだときも、否定されるより受け入れられたというニュアンスの話が出ています。
この“肯定される感覚”は、人前でしゃべる強さにもつながっていそうです。
母の手料理と「家の味」の記憶
食の話でもう少しだけ。
お餅系だけじゃなく、母の手料理として「スパイスから作る本格的なタンドリーチキン」が印象に残っているという話も出ています。
家庭の中に、こだわりや遊び心があったことが伝わるエピソードでこういう空気が“言葉の発想”にも影響していそうです。
反抗期もあって母にきつい言い方をしたことも
本人に強い自覚はないそうですが、反抗期っぽい時期に母親へ「ババア」と言ってしまったという振り返りもあります。
きれいごとだけじゃないところが、逆に親子のリアルさを感じさせますよね。
まとめ
ここまでの話をつなげると、くるまさんの“しゃべり”はこんな流れで育ったように見えます。
- 家の中で空気を読む必要があった
- 相手の反応を見て、言葉で居場所を作る癖がついた
- テレビのトークでテンポや間合いが体に入っていった
- もともと「しゃべり続ける」気質が底にある
- 運動が苦手だったぶん、言葉の方が武器になっていった
だからこそ、速いのに伝わる。
強いのに嫌な感じだけが残りにくい。
このバランスが、くるまさんの芸風の核になっているのかもしれません。



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