『ガラスの城』『聖ロザリンド』などで知られる漫画家・わたなべまさこさんが、97歳で亡くなったことが発表されました。
少女漫画界の草創期から70年以上にわたって活躍したわたなべさんですが、夫や子供、孫など家族構成も気になります。
この記事では、わたなべまさこさんの家族や経歴・学歴、代表作、死因について整理します。
わたなべまさこの夫や子供・孫など家族構成は?
長い漫画家人生を送ったわたなべまさこさんを、身近で支えてきた家族についても注目が集まっています。
現在確認できる情報を整理すると、夫はわたなべさんより先に亡くなっており、少なくとも息子が1人いることが分かっています。
一方、孫については名前や人数などを裏付けられる公表情報は確認できていません。
夫は陶芸家の渡辺六郎さんとされる
わたなべまさこさんの夫は、陶芸家の渡辺六郎さんとされています。
出版社のプロフィールでは、わたなべさんが結婚後に手塚治虫さんの作品から刺激を受け、漫画家を志したことが紹介されています。
つまり、漫画家として本格的に歩み始める前にすでに結婚していたことになります。
渡辺六郎さんは2012年に亡くなったとする人物資料があり、わたなべさんより先に旅立っていたとみられます。
今回公開されたわたなべさんの生前のメッセージにも、亡くなった後には「主人とも久しぶりに会える」といった内容が記されていました。
最期まで夫との思い出を大切にしていたことが伝わってきます。
子供は少なくとも息子が1人
わたなべまさこさんには、少なくとも息子が1人いることが本人の過去のコメントから確認できます。
2020年、91歳を迎える時期に新作漫画『秘密-ひめごと-』の連載を始めた際、漫画を描き始めた頃に生まれた息子がすでに67歳になったことを明かしていました。
わたなべさんが漫画家としてデビューしたのは1952年のため、息子も1952年前後に生まれたと考えられます。
ただし、息子の名前や職業など詳しいプロフィールは広く公表されていません。
また、「息子がいる」ことは確認できますが、ほかにも子供がいるのかについて確実な情報は見つかっていません。
そのため、家族構成については「少なくとも息子が1人いる」とするのが正確でしょう。
孫はいる?
息子がいることから、わたなべまさこさんに孫がいるのかも気になるところです。
しかし、現在確認できる公式情報や本人の発言などでは、孫の存在や人数、名前について明確に公表された情報は確認できません。
息子が高齢になっていることから孫がいる可能性を想像することはできますが、家族のプライベートに関わる部分でもあり、推測だけで「孫がいる」と断定することはできません。
今後、家族からのコメントなどが公表されれば、新たな情報が明らかになる可能性があります。
弟や妹もいる
今回公開された生前のメッセージからは、わたなべまさこさんに弟や妹がいたことも分かっています。
メッセージでは、これまで支えてくれた人たちへの感謝とともに、弟妹をはじめとした家族にも感謝の思いを伝えていました。
夫や息子だけでなく、きょうだいを含めた家族とのつながりも大切にしていたようです。
わたなべまさこのプロフィール・経歴
わたなべまさこさんは、戦後の少女漫画界を黎明期から支え続けた女性漫画家の一人です。
プロフィールを整理すると、以下のようになります。
| 名前 | わたなべまさこ |
|---|---|
| 本名 | 渡辺雅子 |
| 生年月日 | 1929年5月16日 |
| 出身 | 東京府(現在の東京都) |
| 職業 | 漫画家 |
| デビュー | 1952年 |
| 主な受賞 | 小学館漫画賞、日本漫画家協会賞文部科学大臣賞など |
| 受勲 | 旭日小綬章 |
| 死去 | 2026年10月3日、97歳 |
結婚後、手塚治虫さんの作品に刺激を受けたことをきっかけに漫画家を志し、1952年に『小公子』でデビューしました。
1957年には『山びこ少女』の連載を開始し、少女漫画誌を中心に人気を集めていきます。
その後も少女漫画だけにとどまらず、ホラー、サスペンス、愛憎劇など幅広い作品を描き、日本の女性漫画家の草分け的存在となりました。
1970年から1971年にかけて連載された『ガラスの城』では、第16回小学館漫画賞を受賞。
2002年には長年の作品活動が評価され、日本漫画家協会賞の文部科学大臣賞を受賞しています。
さらに2006年には、女性漫画家として初めて旭日小綬章を受章しました。
90歳を超えても創作意欲は衰えず、2020年には91歳を迎える時期に完全新作『秘密-ひめごと-』の週刊連載をスタート。
少女漫画界のパイオニアでありながら、生涯にわたって新しい作品を描き続けた漫画家でした。
わたなべまさこの学歴は?
わたなべまさこさんが、どのような学生生活を送ったのかも気になるところです。
学歴については、上野学園短期大学を中退したとされています。
その後、結婚を経て漫画の世界へ進みました。
美術系大学などで本格的に漫画を学んでからデビューしたわけではなく、挿絵などの仕事を経ながら漫画家としての道を切り開いていった人物です。
1950年代は現在のような漫画専門学校なども一般的ではなかった時代です。
その中で1952年から活動を始め、後の少女漫画に大きな影響を与える存在となったことを考えると、まさに少女漫画草創期を作った一人といえるでしょう。
わたなべまさこの代表作は?
70年以上に及ぶ漫画家生活の中で、わたなべまさこさんは数多くの作品を世に送り出してきました。
代表作として特に知られているのが『ガラスの城』『聖ロザリンド』『金瓶梅』です。
ガラスの城
『ガラスの城』は1970年から1971年にかけて連載された長編作品です。
わたなべさんを代表する作品の一つで、第16回小学館漫画賞を受賞しました。
華やかな世界観と人間関係をめぐるドラマによって人気を集め、現在まで名前が残る代表作となっています。
聖ロザリンド
『聖ロザリンド』は1973年に発表されたホラー作品で、かわいらしい少女を中心にしながらも恐怖を描いた作品として知られています。
少女漫画の美しい絵柄とホラーを組み合わせた独特な世界観は、発表から長い年月がたった現在も語り継がれています。
金瓶梅
『金瓶梅』も、わたなべまさこさんの代表作として公式プロフィールなどで紹介されている作品です。
初期の少女漫画とは異なる大人向けの世界にも活動を広げていったことが、わたなべさんの漫画家人生の特徴といえます。
そのほかにも『山びこ少女』『悪女シリーズ』『独りまつり』など多数の作品を残しています。
2020年には91歳で『秘密-ひめごと-』を発表しており、年齢を重ねても新作を描き続けていました。
わたなべまさこの死因は?
2026年10月13日に訃報が発表されたことで、わたなべまさこさんが亡くなった理由についても検索されています。
公式発表によると、わたなべまさこさんは2026年10月3日午前0時38分に亡くなりました。97歳でした。
一方で、具体的な病名や死因については公表されていません。
発表では、最期は穏やかで、眠るように旅立ったことが伝えられています。
わたなべさんが97歳だったことから老衰などを想像する声が出る可能性もありますが、公式に老衰と発表されたわけではないため断定はできません。
また、生前に残していたメッセージでは、身の回りを支えていた施設スタッフや看護師への感謝も記されています。
ただし、こうした記述だけで特定の病気で療養していた、あるいはそれが死因だったと判断することはできません。
現時点では「死因は公表されていない」とするのが正確です。
まとめ
今回は、わたなべまさこさんの夫や子供・孫など家族構成、経歴・学歴や代表作、死因についてまとめました。
夫は陶芸家の渡辺六郎さんとされ、本人の過去の発言から少なくとも息子が1人いることが確認されています。一方、孫について詳しい公表情報は確認できません。
1952年のデビューから70年以上にわたって漫画を描き続け、『ガラスの城』『聖ロザリンド』『金瓶梅』など多くの作品を残したわたなべさん。
2026年10月3日に97歳で亡くなりましたが、具体的な死因は公表されていません。
90歳を超えても新作を発表し続けたその創作人生と作品は、今後も多くの読者に読み継がれていくのではないでしょうか。


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