四国電力送配電に勤務していた19歳の松岡一輝さんが鉄塔から転落して亡くなった問題で、2026年9月18日、会社側が遺族に回答書を渡しました。
しかし、その回答書はわずか1枚で、遺族が求めていたパワハラの具体的な事実関係については明らかにされませんでした。
一方、松岡さんが残した遺書には家族への感謝や職場で受けたとする言動、そして19歳の若者が本当はこれからやりたかったことまで書き残されており、SNSでも「悲しすぎる」「胸が痛む」といった声が広がっています。
四国電力送配電の回答書は1枚だけ?
松岡一輝さんの遺族は、会社側に職場で何があったのかを明らかにするよう求めていました。
回答期限となった9月18日、四国電力送配電の担当者が松岡さんの自宅を訪れ、両親に中間報告となる回答書を手渡しました。
報道によると、渡された回答書は1枚だったとされています。
そこに記されていたのは、主に現在も事実関係について社内調査を進めていることや、今後は第三者委員会を設置して検証していくという内容でした。
しかし、遺族が最も知りたかったとみられる、
- 遺書に書かれていた言動は実際にあったのか
- パワハラに該当する行為があったのか
- 名前を書かれた先輩社員はどのように説明しているのか
- 周囲の社員は何を見たり聞いたりしていたのか
- 松岡さんが亡くなるまでに職場で何が起きていたのか
といった具体的な部分については、9月18日午前の段階で明らかにされませんでした。
遺族にとっては、息子が亡くなってから待ち続けた末に受け取った回答です。
その内容が「これから調査する」という段階にとどまっていたことに、両親が納得できないと感じるのも無理はないように感じられます。
遺族が「納得いかない」と語った理由は?
回答書を受け取った松岡さんの両親は、その内容に落胆した様子を見せています。
父親は、1週間待ったうえでの回答としては納得できないという思いを語りました。
母親も、大きな会社でパワハラが指摘されている中、示された回答が1枚だけだったことへの疑問を口にしています。
遺族が会社側に求めていたのは、単に「今後調査します」という説明だけではありません。
松岡さんの遺書には、先輩社員の名前とともに、職場で受けたとする具体的な言葉や出来事まで書かれていました。
だからこそ遺族としては、その内容について会社がこれまでに何を確認できたのかを知りたかったのではないでしょうか。
一方、会社側は社内調査とは別に第三者委員会を設置し、今後さらに事実関係を調べていく方針を示しています。
松岡一輝さんの遺書には何が書かれていた?
松岡一輝さんが残した遺書は、職場への訴えだけが書かれたものではありませんでした。
最初に書かれていたのは、自分を育ててくれた家族への感謝でした。
もう一度生まれても同じ両親の子どもとして、同じ兄の弟として、同じ祖母の孫として生まれたいという思いがつづられています。
その後、文章は職場で起きたとする出来事へと移っていきます。
松岡さんは、鉄塔からの転落について、自らの意思によるものだった可能性にも触れたうえで、もしそうであれば原因があるという趣旨の言葉を残していました。
ただし、転落が実際にどのような経緯で起きたのかについては、現在も調査が続いています。
「仕事できない」「頭悪い」「死んどけ」と書き残す
遺書の中でも特に衝撃が広がったのが、先輩社員から言われたとする言葉です。
松岡さんは特定の先輩社員について、
- 「仕事できない」
- 「頭悪い」
- 「死んどけ」
などと言われていたことを書き残しています。
松岡さんは2026年4月に入社したばかりの19歳でした。
研修を終え、実際の現場に配属されたのは8月だったとされています。
まだ仕事を覚えている途中だった若い社員が、遺書の中にこうした言葉を残していたことに、強い衝撃を受けた人は少なくありません。
もちろん、遺書に書かれている内容については今後の調査で事実確認が必要です。
ただ、なぜ19歳の新入社員がこうした言葉を最後に書き残すことになったのか。
そこは会社側が明らかにしなければならない大きな部分でしょう。
「周りの人も助けない」と残した言葉も重い
遺書を読むと、松岡さんがつらかったのは先輩社員の言葉だけではなかったこともうかがえます。
松岡さんは、厳しい言葉を周囲の人が聞いていながら助けてもらえなかったことについても書き残していました。
これは今回の事案を考えるうえで、非常に重い部分ではないでしょうか。
もし職場で日常的に強い言葉が飛び交っていたのであれば、周囲はどこまでその状況を把握していたのか。
そして、誰かが声をかけたり、上司や相談窓口につないだりすることはできなかったのか。
先輩社員一人の言動だけではなく、職場全体の環境についても検証が必要になりそうです。
アレルギーなのに食べるよう求められたとの記述も
遺書には、職場の飲み会で起きたとする出来事についても書かれていました。
松岡さんは19歳だったため酒を飲むことができず、その代わりに食べるよう言われた際、アレルギーのある食べ物をほぼ強制的に食べさせられたと訴えています。
その後、舌にかゆみが出て、吐きそうになるほどつらかったことも記されていました。
アレルギーは症状によっては命に関わることもあります。
実際にどのようなやり取りがあり、周囲がアレルギーについて知っていたのかなどについても、第三者委員会の調査で明らかになることが望まれます。
「8月3日までが幸せだった」の意味は?
遺書の中には、松岡さんが幸せだった時期について具体的な日付も残されていました。
松岡さんは「8月3日まで」が幸せで楽しかったという趣旨の言葉を書いています。
なぜ8月3日だったのか、その日に何があったのかについては、現時点で明らかになっていません。
ただ、松岡さんは8月から現場に配属されたと報じられています。
そのため、現場配属後の職場環境や人間関係に何らかの変化がなかったのかという点は、今後の調査でも注目されそうです。
現時点で8月3日とパワハラ疑惑を直接結び付ける事実は確認されていないため、慎重に見る必要があります。
旅行も恋も家庭も「もっとしたかった」
遺書の中で胸を締め付けられるのが、松岡さんがこれからやりたかったことを書いている部分です。
松岡さんは、もっと旅行をしたかったこと、恋愛をしたかったこと、いつか家庭を持ちたかったこと、もっと遊びたかったこと、周囲の人たちともっと話したかったことを書き残しています。
19歳。
社会人としての生活は始まったばかりで、これから経験できたことが数え切れないほどあったはずです。
それでも、それらを諦めてしまうほど疲れ切っていたという思いが遺書には残されています。
さらに松岡さんは、自分自身を責める言葉も何度も書いていました。
しかし、遺書に記された職場での出来事が事実であったなら、本人だけの「心の弱さ」という言葉で片付けていい問題ではないでしょう。
最後に会社へ残した「俺みたいな人を増やさないで」
遺書の終盤で松岡さんは、会社に対しても言葉を残しています。
会社としては大きな問題にしたくないかもしれないとしながらも、自分と同じような人を増やさないために頑張ってほしいという趣旨の願いを書いていました。
自分が亡くなった後のことまで考え、同じ思いをする人が出ないことを願っていたことになります。
だからこそ今回設置される第三者委員会には、単に「パワハラに当たるかどうか」を判断するだけでなく、職場で何が起きていたのかを丁寧に検証することが求められます。
その結果を、再発防止につなげられるかも重要です。
SNSで「悲しすぎる」の声も
松岡さんの遺書の内容が広がるにつれ、SNSでも大きな反応が出ています。
Xなどでは、
- 「遺書を読んで胸が痛くなった」
- 「19歳でこんなことを書かなければならなかったのが悲しすぎる」
- 「家族への言葉を読むのがつらい」
- 「まだやりたいことがたくさんあったのに」
- 「周りに助けてくれる人はいなかったのか」
- 「会社には徹底的に調べてほしい」
といった趣旨の反応が見られます。
特に多くの人の胸を打っているのは、職場への訴えだけではなく、家族への感謝や、旅行や恋愛、家庭を持つことなど、これからの人生への思いが書かれていたことです。
「パワハラ」という言葉だけでは見えてこなかった、一人の19歳の若者の人生が遺書から伝わってくることが、強い反応につながっているようです。
止まったままの「家族LINE」にも悲しみの声
松岡さんの両親が語った「家族LINE」についても、多くの反応が寄せられています。
母親は、松岡さんが亡くなったことで家族のLINEが止まったままになっていると語っています。
これまで普通に続いていた家族のやり取りが、ある日を境に止まってしまった。
その言葉から、遺族にとって今回の出来事が今も続いている現実であることが伝わってきます。
SNSでも、この家族LINEについて「聞いているだけでつらい」「家族の気持ちを考えると胸が痛む」といった趣旨の声が見られています。
9月18日時点でパワハラは認定された?
遺書には具体的な言葉や出来事が書かれていますが、会社側による正式な判断はまだ示されていません。
2026年9月18日時点で、四国電力送配電がパワハラを正式に認定したという発表は確認されていません。
会社側は社内調査を続けるとともに、新たに第三者委員会を設置して事実関係を検証するとしています。
また、松岡さんが鉄塔から転落した経緯についても調査が続いています。
そのため、現段階で「パワハラが原因で自ら命を絶った」と断定することはできません。
一方で、遺書に本人が職場で受けたとする具体的な言動を書き残している以上、そこに何があったのかを明らかにすることは避けて通れません。
まとめ
今回は、四国電力送配電が遺族に渡した回答書や、松岡一輝さんが残した遺書の内容、SNSで広がっている反応についてまとめました。
9月18日に遺族へ渡された回答書は1枚で、現在も社内調査を行っていることや、第三者委員会を設置する方針などが記されていました。
一方、遺書に書かれたパワハラ疑惑について、具体的に何が確認されたのかは明らかにされていません。
松岡さんの遺書には、先輩社員から受けたとする厳しい言葉だけでなく、家族への感謝、周囲に助けてもらえなかったという思い、そして旅行や恋愛、家庭など、これからやりたかったことも残されていました。
まだ19歳でした。
SNSで「悲しすぎる」「胸が痛む」という反応が広がっているのも、遺書を通じて、松岡さんが失ったこれからの人生まで伝わってくるからではないでしょうか。
会社側は第三者委員会を設置するとしています。
松岡さんが最後に残した、自分と同じような人を増やさないでほしいという願いを無駄にしないためにも、職場で実際に何があったのか、曖昧なままにせず明らかにしていくことが求められます。


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