なぜ救急車を呼んでもすぐに搬送されないのか? 〜元救急隊員が語る“搬送困難”の実情〜

「救急車を呼んだのに、なかなか出発しない」

「何をそんなに時間かけてるの?」

そんな疑問を持ったことはありませんか?

実は、救急車に乗せたからといってすぐに病院に向かえるわけではないのです。

現場で何分も、時に1時間以上も搬送先を探すこともあります。

この記事では、元救急隊員である私がその裏側にある“搬送困難”のリアルな理由についてお伝えします。

目次

■実際にあった「搬送困難」の現場の声

SNS上でもこういった声が多数上がっています。

現場で活動していた私自身も、こうした“搬送困難”は何度も経験してきました。

とくに印象深いのは、新型コロナウイルスが流行した時期のことです。

当時は、発熱や咳、息苦しさを訴える患者が急増し、病院の受け入れ体制が限界に達していました。

多くの医療機関が感染対策の観点から受け入れを制限しており、1件の搬送先を探すのに何時間もかかるのが日常になっていたのです。

ある時は、朝から晩までずっと病院に連絡を取り続けたにもかかわらず、1日中決まらなかった事案もありました。

途中で隊を交替しても、なお受け入れ先が見つからず、結果的に丸1日かかってようやく搬送が完了したという例もあります。

「コロナ禍では本当に地獄だった。救急車はあるのに、病院に入れない。朝出場して、夜になっても搬送先が決まらないなんて、普通じゃなかった」
(元救急隊員・現場の証言)

このような状況では、現場にいる家族や近隣住民から不安や怒りの声をぶつけられることも少なくありませんでした。

しかし、それでも私たちは、患者にとって“最も適切な医療”を受けられる場所を探し続けるしかなかったのです。

こうした経験は、決して過去の特殊な話ではなく、今後もインフルエンザの大流行や災害、医療ひっ迫が起きれば再び起こり得る“現実”です。

■理由①:症状が多岐にわたり、診療科の選定が難しい

例えば、「胸が苦しい」「お腹が痛い」「ふらつく」「吐き気がある」など、症状があいまいなケース――いわゆる不定愁訴(ふていしゅうそ)の傷病者です。

こうした症状では、内科・神経内科・循環器内科・消化器科など、受け入れる診療科が複数にまたがる可能性があります。

そのため、救急隊は複数の医療機関に確認し、どの科で診てもらえるかを一つひとつ当たらなければなりません。

■理由②:内科と外傷が同時にあると、さらに搬送は難航する

発熱やふらつきといった内科的な症状に加えて、転倒による頭部の打撲や出血などの外傷もあるケースでは、さらに搬送先探しが難しくなります。

こうした“多診療科にまたがるケース”では、医療機関側も

「内科医はいるが、頭部外傷は診れない」

「整形外科はいるが、内科的な疾患は対応困難」

というように、それぞれの専門分野が揃っていないと対応できない場合があるのです。

私たち救急隊は、そういったっ傷病者を適切に受け入れられる病院を探すため複数の病院へ電話をかけ、症状を細かく説明しながら慎重に調整を行います。

■理由③:深夜帯は、専門医が不在のことも

深夜や早朝の時間帯では、そもそも当直医が内科医しかいない小児科・産婦人科・精神科が不在という医療機関も多くあります。

たとえば、「小児のけいれん」「妊婦の腹痛」「精神疾患のある方の興奮状態」などは、専門の医師がいない場合、「診れません」と断られてしまうのです。

夜間の要請では「今、診られる病院はあるのか?」というところからスタートせざるを得ません。

■理由④:精神疾患の既往歴があると、受け入れに慎重になる病院が多い

近年増えているのが、精神疾患の既往がある方の救急要請です。

たとえば、「動悸がする」「息苦しい」「意識がぼんやりする」といった症状が、実は精神的な不安やパニック発作であったというケースもあります。

しかし、私たち救急隊は医師ではないため、「これは精神的なものだ」と断定することはできません。

あくまで身体症状が出ている以上、まずは内科的な疾患の除外が必要です。

ただし、精神疾患の既往歴があるというだけで「精神的な要因かもしれないので当院では受けられません」と断られてしまうことがあるのも現実です。

■理由⑤:傷病者の“社会的背景”によっても断られることがある

以下のようなケースも、受け入れが難航する背景にあります。

  • 路上生活者:住所や医療費支払いの確認が困難なため、医療機関が受け入れを敬遠するケースがあります。
  • 飲酒している方:意識が混濁しており正確な症状がわからない、暴れる可能性があるなどの理由で、病院側が慎重になる。
  • 独居高齢者で付き添いがいない:病院到着後の本人確認や病状説明ができず、受け入れが難しくなる場合があります。

こうした“医療とは直接関係ない部分”での受け入れ困難も、救急搬送のスピードを遅らせる原因になっているのです。

■まとめ:救急車は「すぐ病院に行ける魔法の乗り物」ではない

私たち救急隊員は、傷病者の命を救うために1秒でも早く医療につなげたいという思いで活動しています。

しかしその道のりには、見えないハードルが数多く存在し、結果として現場出発が遅れることがあるのです。

もし身近な人が救急搬送された際、救急車がなかなか出発しなかったら――

その時間は、単に「モタモタしている」のではなく、必死に“適切な医療”を探している時間だということを、知っていただければと思います。

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